【エレクトラコンプレックス】という言葉をご存じですか?
母親を憎み毛嫌いする反面、父親を無条件に尊敬し愛する娘の性情を現すものとして知られていますが、今回紹介するエレクトラにちなんだ言葉です。
母親との確執
エレクトラは前に紹介したイフゲニアと同じミュケナイ王家の姫です。
アガメムノンを父に、クリュタイムネストラを母に産まれた次女でした。
悲劇の姉イフゲニアは幸薄い美少女のイメージがありますが、妹エレクトラにはそういった儚さは無く、自分の意志を貫き通すたくましさを感じさせる少女です。
彼女の名前がギリシャ神話に登場するのは、トロイア戦争にアガメムノンが参戦し、イフゲニアが殺されて以後のことになります。
父アガメムノンの軽率な行いのせいで、姉が犠牲になったことをエレクトラはイヤと言うほど知っていました。
そして母クリュタイムネストラは長女を失う原因となった父のことを毎日のように非難してはエレクトラに歎いていたと思われます。
始めのうちは姉の悲運に同情し、目の前で娘を殺された母の言葉に同調し、父を非難していたことでしょう。
しかし、時が経つにつれて母親につき合うのにも次第に飽きてきたのではないでしょうか?
現代の言葉なら「母親が毎日、毎日父親の文句を言ってるのって、ちょーうざい」といったところでしょうか。
そんな娘の心を逆なでするように、父親不在の王宮の様子が変わってきました。
不在の父王に代わり、ミュケナイを統治していた母がいつの間にか、男を部屋に招き入れるようになったのです。
男の名はアイギストス。
アガメムノンの従兄弟にあたり、クリュタイムネストラの前夫とも同族の男でした。
戦場で戦っている父親を尻目に、他の男と不倫の関係を結んでいる母親…
エレクトラは母親に嫌悪を感じ始めたようです。
娘の感情に母親も嫌悪感を募らせ、実の母子なのに憎しみでしか、相手を見られなくなるという最悪の状態になっていったのです。
この時、唯一の男子オレステース(彼はイフゲニアの犠牲の場に立ち会ったとも言われています)三女のクリューソテミスがどんな態度だったかは不明です。
アガメムノン暗殺
エレクトラが首を長くして待っていた父アガメムノンは10年経ってやっと帰国しました。
喜ぶエレクトラには、父親が妾として連れてきたトロイア王家のカサンドラの悲しい姿など目に入らなかったことでしょう。
とにかく「父親に母の不貞を知らせ、罰してもらわなければ」という一心だったと思われます。
ところがクリュタイムネストラが一枚上手でした。
夫の凱旋を大げさに褒め称え、疲れを癒して欲しいと入浴を勧めたのです。
武器も何も持たず裸のアガメムノンをアイギストスが襲撃しました。
トロイアを蹂躙したギリシア軍総大将は、自分の王宮であっさりと殺されたのです。
エレクトラは目の前が真っ暗になる思いだったでしょう。
こうなったら最後の頼みの綱オレステースだけでも守らなければ…
弟を王宮から密かに逃がしました。
アイギストスは彼の行方を追って探索させます。
クリュタイムネストラは自分の子どもですから、気にはかかっていても、殺すつもりはなかったでしょう。
娘にとって偉大な父親を母親が殺したことで、母子の不仲は決定的になりました。
クリュタイムネストラは自分に憎悪の目を向ける娘を疎ましく思い、さっさと身分の低い兵士の元に嫁がせてしまいます。
当然王位継承権も剥奪したことでしょう。
クリュタイムネストラの元にはおとなしい三女クリューソテミスだけが残りました。
ミュケナイ王家最大の悲劇
オレステースは失踪、エレクトラは追放、クリュタイムネストラとアイギストスの統治は表面上は穏やかに続きました。
前王アガメムノン暗殺に不満を抱いたのは男たちが多かったようです。
女たちは男不在の間家を守っていたので、帰って来た夫の尻を叩いて家業に専念する者、亡くなった夫の菩提を弔う者など、自分の生活に専念するだけで精一杯だったでしょう。
権力者が交代しても、生活に不自由がなければ不満は溜まらないのはギリシア神話の時代も現代も変わらないと思うのです。
ただし、エレクトラは違いました。
自分の地位に似つかわしくない夫を預けられたものの、忌避し、指一本ふれさせようとせず矜恃を守ります。
頼みは弟オレステースが父親の復讐を果たすこと=母と愛人を殺すことだけでした。
やがて娘の執念は稔ります。
死んだと思って安心していたオレステースが突如王宮に現れ、アイギストスを斬ったのです。
目の前で愛人を殺されたクリュタイムネストラはその犯人が息子と知り、動揺します。
そして自らの衣を破り乳房を見せると「おまえはこの乳を吸って育ったのだよ。この母を殺すというのか?」と親子の情に訴え説得しようとしました。
息子と母の仲です。
若いオレステースはハッとして振り上げた剣を下ろします。
「何をためらうの!この女は夫殺しの大罪を犯した犯人よ!殺しなさい!」
激昂したエレクトラが叫びます。
目を閉じて母親の胸を突き刺すオレステース。
クリュタイムネストラは娘の復讐で夫を殺し、夫の復讐で息子に殺されたのでした。
実の母親を手にかけたオレステース。
【親殺しの大罪人】として復讐の女神は彼を罰し、気の触れたオレステースはさまよい続けます。
弟を哀れんだエレクトラがアポロンに訴えたため、彼の罪は免れ、正気に戻ったと言われます。
エレクトラ~呪われたミュケナイ王家最大の悲劇2~ まとめ
エレクトラの行動は若い娘特有の潔癖症によるものという説が有力です。
あるいは同性同士ならではの強い嫌悪感も一因でしょう。
筆者としては「当時女は剣など持てなかっただろうが、どうして自分の手で母を殺さなかったのか」が釈然としないのです。
結局は弟任せだったというのは、あれだけの事件を起こしたのに身勝手だなあと思うのです。
彼女は身分の低い夫と別れた後、王家の姫にふさわしい身分の男と結婚します。
しかし、これだけの過去を背負ったエレクトラが平穏無事な結婚生活を送れたのか、もし自分が娘を産んだとしたら、母親の思いに少しでも想像力を働かせることができたのかも気になるところです。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
マイベスト漫画は何と言っても山岸凉子の『日出処の天子』連載初回に心臓わしづかみにされました。
「なんでなんで聖徳太子が、1万円札が、こんな妖しい美少年に!?」などと興奮しつつ毎月雑誌を購入して読みふけりました。
(当時の万札は聖徳太子だったのですよ、念のため)
もともと歴史が好きだったので、興味は日本史からシルクロード、三国志、ヨーロッパ、世界史へと展開。 その流れでギリシャ神話にもドはまりして、本やら漫画を集めたり…それが今に役立ってるのかな?と思ってます。
現在、欠かさず読んでいるのが『龍帥の翼』。 司馬遼太郎の『項羽と劉邦』は有名ですが、劉邦の軍師となった張良が主役の漫画です。 頭が切れるのに、病弱で美形という少女漫画のようなキャラですが、史実ですからね。
マニアックな人間ですが、これからもよろしくお願いします。