デーヴァヴラタ

インド、いや世界最大の叙事詩『ラーマーヤナ』アルジュナなど若き王子達の活躍が有名ですが、今回紹介するビーシュマは彼らの大伯父にあたる人物です。
(大叔父=つまりアルジュナの祖父母の兄弟)

誠実な人格で敬意を集めたビーシュマでしたが、18日間戦争に関わらざるを得なくなり、命を落とすことになります。

ビーシュマ|クル族の高潔な英雄デーヴァヴラタ

ビーシュマ
画像出典:ウィキペディア

叙事詩『マハーバーラタ』にはクル王族内部の戦い(カウラヴァ勢VSパーンダヴァ勢)が描かれていますが、双方の陣営にとって共通の大伯父にあたるのが、このビーシュマです。

ビーシュマは人間なのですが、彼の出生については複雑な背景があります。

クル族の初代王シャーンタヌはガンジス川の女神ガンガーと結ばれました。

しかし、牛の窃盗犯だった8神が彼女の子どもとして生まれ変わることになっていたため、ガンガーは自分が産んだ子どもを次々と殺してしまったのです。

シャーンタヌは嘆きますが、ガンガーと結婚するとき「私が何をしても止めたり、理由を問いただしたりしない」という条件だったので、泣く泣く妻の子殺しを見逃していたのでした。

ところが8人目の子どもが誕生し、ガンガーがその子を溺れさせて殺そうとしたとき、耐えきれなくなったシャーンタヌは妻ガンガーの行動を止めたのです。

約束を破られたことに怒ったガンガーは子どもを連れてシャーンタヌの元から姿を消しました。

その子どもはデーヴァヴラタという名前をつけられて、聖仙ヴァシシュタに養育されて立派に成長します。

やがてシャーンタヌはガンガーに「子どもを自分の元に返してほしい」と願います。

するとガンガーはあっさりと子どもを元夫の手に返し、その後二度とシャーンタヌの前には姿を現しませんでした。

ビーシュマの別名

母親ガンガーが付けたと言われる【デーヴァヴラタ】と【サティヤサンダ】があるそうです。

【デーヴァヴラタ】のデーヴァは聖仙に養育されたからという意味がありそうですし、【サティヤサンダ】にはビーシュマにとっての元凶とも言えるサティヤヴァティーの名前が入っていますから、彼女とのつながりで付けられた別名ではないかと推測されます。

ビーシュマの由来

さて、ガンガーと別れて後独身だったシャーンタヌは漁師の娘サティヤヴァティーに恋し、求婚します。

彼女の父は「娘が産んだ子どもが王になると約束するなら結婚させよう」と条件を付けました。

シャーンタヌは苦悩します。

ガンガーの産んだデーヴァヴラタは文武両道、性格も穏和で王としてふさわしい器量を持っていたのです。

この息子を捨てるのかと悩みました。

父親の苦しみを知ったデーヴァヴラタは王位継承権を放棄します。

それだけでなく「自分の子どもが争いの元にならないように、子どもは作らない」と一生独身を貫くという誓いを立てたのでした。

この父親を思う高徳な行いによって、デーヴァヴラタはビーシュマ【恐るべき人という意味】という名前で呼ばれるようになったのです。

父親思いとは言え、そこまでしなくても…と思いませんか?

誓いをたてるビーシュマ
画像出典:ウィキペディア

惚れ込んだサティヤヴァティーと結ばれたシャーンタヌは二人の王子に恵まれます。

シャーンタヌの死後この二人が王となったのですが、ビーシュマの思いとは裏腹に次々と亡くなってしまったのです。

サティヤヴァティーは仕方なくビーシュマを王にしようとしますが、彼は断り、彼女がシャーンタヌとの結婚前に生んだヴィヤーサを薦めました。
(このヴィヤーサこそ『マハーバーラタ』の作者と言われています)

サティヤヴァティーの念願通り、修行していたヴィヤーサは王となり、亡くなった二人の王子の妃との間にドリタラーシュトラとパーンドゥなどの子どもを儲けました。

このドリタラーシュトラの100人の息子が【カウラヴァ】と呼ばれる100王子で、パーンドゥの5人の息子が【パーンダヴァ】と呼ばれる5王子でした。

政治から遠ざかっていたビーシュマですが、若い世代の100王子や5王子が誕生した頃には、一族の長老として様々な進言を行い、敬意を集めるようになっていたそうです。

ビーシュマの最期

『マハーバーラタ』に描かれたカウラヴァ VS パーンダヴァの同族戦争。

ビーシュマは心を痛めたと思われますが、彼は100王子陣営のカウラヴァ勢の司令官となりました。

内心は5王子側に心を寄せていたと言われますが、誓いに縛られて反対側に付かなければならなかったのです。

高潔、誠実なイメージのあるビーシュマですが、その堅物故に他人を傷つけることもあったようです。

異母弟の妃選びに関してカーシー国の王女アムバーは彼に怨みを抱いていました。

彼女自身は亡くなっていたのですが、開戦から10日後、アムバーの生まれ変わりであるシカンディンという勇士がビーシュマを攻撃したのです。

因縁があってビーシュマが自分を攻撃できないとわかった上での行動でした。

シカンディンの背後には5王子中随一と言われた腕を誇るアルジュナが潜んでいました。

シカンディンを見て動きを止めたビーシュマに向けてアルジュナの矢が放たれたのです。

アルジュナの無数の矢を受け、戦車から転がり落ちるビーシュマ。

その回りには長老を敬って多くの人々が集まりました。

自分の死期を悟ったビーシュマは「私の死で戦いを終わらせるように」と説得しますが、100王子の長男でこの戦いのきっかけを作ったドゥリヨーダナは長老の願いを聞き入れようとはしませんでした。

ビーシュマの死後、悲惨な戦いは8日間続き、両陣営とも壊滅に近い状態で終わりを迎えたのです。

ビーシュマ まとめ

自分の気持ちを封じて守ろうとした一族。

ビーシュマにとっては自分の人生そのものだったのではないかと思われます。

しかし同族間で凄惨な戦いが起こってしまった。

その争いを止められず死んで行かなければならない辛さ、悲しさ、空しさ。華々しい戦士アルジュナではなく、ビーシュマこそが『マハーバーラタ』の主役ではないかと感じてしまうのは筆者だけでしょうか?