インド神話の神々はよく絵に描かれますが、象の頭に人間の手足をした神の絵をご覧になったことがある人は多いのではないかと思います。
この神こそ、今回の主人公ガネーシャ神です。
シヴァ神とパールヴァティの間に生まれた血筋の良い生粋の神の王子とも言うべき長子が、なぜ象の頭を持つようになったのか、詳しく紹介したいと思います。
ガネーシャとは
神々のもくろみによって計画的に結ばれたシヴァ神とパールヴァティでしたが、二人はとても仲睦まじい夫婦となりました。
二人の間に初めて生まれたのがガネーシャです。
頭部は片方の牙が欠けた象の頭ですが、首から下は普通の人間の体をしています。
ぽっちゃりと言うよりでっぷりと太ったおなかが特徴的なガネーシャは、その愛嬌ある姿もあってヒンドゥー教の中では圧倒的な人気を誇る神の一人です。
別名【ガナパティ(群集の王)】とも呼ばれる彼は富や名声、智恵などを司る神としても人々の信仰を集めました。
パラシャ
パラシャという名の斧を持ちながら、同時にお菓子を手にしているところが微笑ましいですね。
この他に蛇の帯を巻き、蓮華を手にしているという説もあります。
パラシャはパラシュとも呼ばれ、パラシュラーマから授けられた最強の斧です。
最強の斧パラシャについては「パラシュラーマ」の記事で詳しく解説しています。
モーダカ
インドで作られる伝統的なお菓子で、ガネーシャの好物と言われています。
ココナツ餡などを米粉や小麦粉の皮で宝珠型にくるみ、油で揚げたり、蒸したお菓子です。
おまんじゅうのようなものだと思われますが、現在でも【福の神ガネーシャの好物】ということで、人気のお菓子だそうです。
絵画や彫刻ではガネーシャがモーダカの入った器を持っている様子が描かれることもあるので、ガネーシャには【モーダカプリヤ=モーダカを好む者】という別名もあるそうです。
ムーサカ(ネズミ)
絵に描かれるガネーシャの足下にはネズミがいることが多いようです。
実はガネーシャの乗り物がネズミなのですが、ビジュアルを想像すると不思議ですよね。
さて、ガネーシャが騎乗する獣(ヴァーハナ)はネズミで、ムーサカと呼ばれています。
ネズミと言っても、モグラなどと近いグループのトガリネズミだと言われています。
このネズミは悪鬼だったのですが、ガネーシャが調伏し、ネズミに姿を変えたとされています。
巨大な象頭を持ったガネーシャが小さなネズミに乗っているということから、彼はどんなことでもできるという解釈がされています。
また、ネズミはちょろちょろと落ち着きなく動くことから、ネズミ=我々の心であり、それをガネーシャ神が英知で制御してくれているという解釈もあるのだとか。
一説ではネズミは暗闇の象徴なので、ガネーシャが暗闇を調伏したという解釈もあるそうです。
その他にも、ネズミは欲望の象徴であり、ガネーシャ神が欲望を制御しているという考え方もされているそうです。
ガネーシャの別名
群衆の王の意味のガナパティは前述しました。
【ヴィグネーシュヴァラ】には障害を取り除くという意味があるので、新たに商売を始めようとする人や学問を始めようとする人は功徳を願ってお参りするそうです。
【富の神】と言われるのも、障害物を排除してくれるということから発展していると思われます。
また、世界的に有名な叙事詩『マハーバーラタ』はガネーシャが口述筆記したという伝説もあるので、学問の神としても知られています。
仏教名:大聖歓喜天、聖天
ガネーシャ信仰が日本に入ってきたのは、平安時代空海の密教などと一緒にではないかと思われています。
仏教と混じり合った時に大聖歓喜天、或いは聖天様と呼ばれるようになり、三千世界を守る守護神とされました。
※三千世界は正しくは「三千大千世界」といい、仏教の世界観で全宇宙を表します。
三千世界については、いつか記事にしたいと思っていますのでしばしお待ちください。
仏教での姿は当然ながら象頭で、日本の各寺院で祀られています。
密教では財産、和合の神として知られていますが、ここのガネーシャ像は2神が抱き合って、まるで交合しているような姿に作られています。
ガネーシャの象頭伝承
1. シヴァの風呂覗き説
シヴァは入浴中の妻パールヴァティをこっそりと訪ねる(と言うより覗く)癖がありました。
「いくら愛する夫とは言え、覗かれるのはイヤ」と思った彼女は見張りを立てようと考えます。
そこで、自分の垢を集めて人の形を作りました。
そこに魂を吹き込み、自分の息子にしたのです。
これがガネーシャでした。
もちろん生まれたばかりのときは、人頭でした。
パールヴァティは「私の入浴中は、誰であろうと通してはなりませんよ」ときつく命令し、ガネーシャに風呂の見張りをさせたのでした。
そこへいつものようにシヴァがやって来ました。
しかし、ガネーシャは母の命令を忠実に守って、シヴァを止めました。
シヴァにすれば、見たこともない若い男が自分を遮るとは何事か、という気持ちだったでしょう。
何せ、この二人は親子と言っても初めて会ったのですから、素性のわからないうさんくさい相手に対する不審感しかなかったのではないかと思われます。
当然の成り行きというか、シヴァとガネーシャは戦い始めました。
ガネーシャもなかなか強かったのでしょう、形勢不利となったシヴァはなんとヴィシュヌの力を借りてガネーシャの首を切り落としたのです。
風呂から上がって来たパールヴァティは自分の息子が死んでいるのを見て驚き、悲しみました。
自分の子だと知らなかったシヴァは、妻をなだめようと「最初に見つけた者の首を持って来い」と命令し、ガネーシャの代わりの首を探させたのでした。
部下が最初に発見したのが子象だったので、その首がパールヴァティの息子の頭に付けられたのです。
2. 人間を制限する目的説
ある時天国は人間で溢れ、逆に地獄は人が少なく、まるで廃墟と化していました。
というのも、人間はソームナート(インド西部、シヴァ神を祀る寺院があります)に巡礼すると天国へ近づくという権利を得ていたからです。
ソームナートに行く人間が増えたため、天国に行く人間が増え、結果として地獄に行く人間が少なくなったというわけです。
天国ばかり増えても困りますから、神々はこの状況を何とかして欲しいとシヴァに懇願したのです。
そこでシヴァは妻パールヴァティに息子を作らせました。
彼女が自分の身体をこすると4本の腕と象の頭を持った息子ガネーシャが生まれました。
ガネーシャの役目は、人間に富に対する執着を与え、金儲けに励み、巡礼を忘れさせることでした。
目的通り、ガネーシャ信仰が盛んになると、人間は聖地巡礼をおろそかにするようになり、天国に行く者が減り、地獄の人口は回復したそうです。
3. 太陽神の呪い説
ガネーシャの父であるシヴァ神は太陽を殺した事があったそうです。
バラモンの賢者はこの罪を指弾し、“太陽を殺す大罪を犯したシヴァの息子は首が無くなる”という呪いをかけたのです。
その呪いのために、ガネーシャは首を失ったと言われています。
この説によるとガネーシャの頭には付けられたのは普通の象頭ではなく、雷神インドラの軍象の頭だったそうです。
それによってガネーシャの能力もアップしたのでしょうね。
4. サニ神の呪い説
パールヴァティは息子が欲しいとヴイシュヌに願いました。
彼女の願いは聞き入れられ、めでたくガネーシャが生まれたのです。
彼女はやっと生まれた息子を自慢したいと思ったのか、神々全員を家に招待し、息子ガネーシャを見てもらおうとしました。
しかし、サニという神だけはどうしてもガネーシャを見ようとはしなかったのです。
なぜなら彼は妻に“彼が見つめたものは全て灰にしてしまう”という恐ろしい呪いをかけられていたからです。
破壊神の息子を焼いてしまったら大変ですよね。
ところがパールヴァティは、息子は不死身だと信じていたので、サニにガネーシャを見て欲しいと何度も頼んだのです。
仕方なくサニが見つめると、すぐさまガネーシャの首は焼け飛んでしまいました。
嘆くパールヴァティ。
創造神ブラフマーは「ガネーシャを生き返らせるには、最初に手に入った首を付ければ良いのだ」と教えたため、ヴィシュヌがガルーダに乗って焼けてしまったガネーシャの代わりの首を探しに行きました。
そこで見つけたのが象だったということです。
ヴィシュヌやブラフマーまで動員したのに父親のシヴァは何もしなかったのか、と思ってしまう筆者です。
ところで太陽は英語でサン(sun)ですね。
そして良い天気とか、日当たりの良いという英単語はサニー(sunny)です。
サニ神という名前はほとんど登場しないので、ひょっとしたら3と4はもともと同じエピソードなのではないか、と考えてしまいました。
不滅の斧パラシャと欠けた牙
ガネーシャの象頭の由来については一通り紹介しました。
その次に気になるのは1本欠けた牙でしょう。
文献『パドマ・プラーナ』によると、ガネーシャが睡眠中のシヴァの見張りをしていたとき、ヴィシュヌの化身パラシュラーマ(聖人とも)がやって来たのですが、父親の安眠妨害をしたく
ないと思った孝行息子は「父は睡眠中です」と取り次ぎませんでした。
すると怒ったパラシュラーマが斧をガネーシャに投げつけたのです。
親の言いつけを律儀に守るガネーシャの融通の利かなさも困りますが、凶器を投げつけるパラシュラーマもどうなんですかね。
その斧はパラシャという名で、実はシヴァがパラシュラーマに授けたものだったため、ガネーシャは父の武器パラシャを避けずに攻撃を受けたので牙を1本失ってしまったというのです。
もう一つの説では、事件はガネーシャの誕生日に起きました。
彼が騎乗獣のネズミに乗って移動していた時、不意にネズミから振り落とされるという事故があったのです。
ガネーシャは大好物のモーダカをおなか一杯食べたあとでした。
振り落とされた衝撃でなんとおなかが裂けてしまい、その中からモーダカが溢れ出したのです。
慌ててかき集めて、再びおなかに詰め込むガネーシャ。
その姿が滑稽だと月が笑い出したため、怒ったガネーシャが牙を1本投げつけたというのです。
このエピソードを受けたせいか、現在でもガネーシャ降誕祭に月を見ると不運が起きると伝えられています。
エンタメ世界のガネーシャ
インパクトのあるビジュアルのガネーシャはゲームのためのキャラクターと言っても良いのではないかと思います。
女神転生シリーズ
人気のコンピュータRPGシリーズでもガネーシャは重要な位置を占めています。
妖魔や魔神種族の仲魔として多くのシリーズ作品に登場しています。
初代『女神転生』では“邪神ベヘモス”の色違いキャラとなっています。
ベヘモスは聖書などに登場する巨大魚が由来のようですが、大食らいの怪物で姿は牛やサイ、象などと言われています。
象ということからガネーシャと関連づけられたのでしょう。
『女神転生2』『真・女神転生』になると、見た目は物理反射で有名なギリメカラの頭部差し替えの色違いとなりました。
ギリメカラはスリランカの神話に登場する黒い象の悪魔です。
『真・女神転生Ⅱ』以降のガネーシャは原典の神話を反映したのか、片方の牙が折れて絵や彫刻で見るような姿になりました。
『ソウルハッカーズ』になるとカンギテン(歓喜天)も秘神として登場します。
言うまでもなく歓喜天はガネーシャの別名ですね。
しかもこの歓喜天は象頭に化身した十一面観音と抱き合った姿をしているので、原典にとても忠実な姿となっています。
大正時代の東京を舞台にした葛葉ライドウシリーズでは蛮力属ショウテン(聖天)という名になり、白い象頭の新しいデザインで活躍するようになりました。
『夢をかなえるゾウ』 作:水野敬也
ドラマ化もされた2007年発行の書籍です。
表紙は象頭の太った男で、ガネーシャ神をデフォルメしたものと思われます。
ごくごく平凡なサラリーマンが“神様”を名乗る生物ガネーシャの指導によって人生を変えてゆくという物語というよりは、自己啓発本です。
ここではガネーシャが出す課題を解き、教えを実践することで、人生が開けていくとされています。
課題は【トイレ掃除をする】【他人のいいところを発見して誉める】など、応用範囲の広いものです。
なお、作者水野敬也はガネーシャの教えを守り、印税の一部を慈善団体に寄附したそうです。
ガネーシャ~大聖歓喜天とも称される三千世界の守護神 まとめ
神話に登場する神は美形が多く、象の頭のガネーシャは異色の神と言えるでしょう。
しかし、見かけは変わってるけど、中身は親孝行で頭も良く、性格も良さそうなガネーシャは人間だけではなく、神々の間でもモテモテだったようで、ブラフマーの二人の娘【シッディ】と【ブッディ】を妻にしたと言われています。
両手に花だったのですね。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
マイベスト漫画は何と言っても山岸凉子の『日出処の天子』連載初回に心臓わしづかみにされました。
「なんでなんで聖徳太子が、1万円札が、こんな妖しい美少年に!?」などと興奮しつつ毎月雑誌を購入して読みふけりました。
(当時の万札は聖徳太子だったのですよ、念のため)
もともと歴史が好きだったので、興味は日本史からシルクロード、三国志、ヨーロッパ、世界史へと展開。 その流れでギリシャ神話にもドはまりして、本やら漫画を集めたり…それが今に役立ってるのかな?と思ってます。
現在、欠かさず読んでいるのが『龍帥の翼』。 司馬遼太郎の『項羽と劉邦』は有名ですが、劉邦の軍師となった張良が主役の漫画です。 頭が切れるのに、病弱で美形という少女漫画のようなキャラですが、史実ですからね。
マニアックな人間ですが、これからもよろしくお願いします。