インド神話では“最高の女神”と称えられるサラスヴァティ。
彼女の姿は様々な絵に描かれていますが、その多くが優雅に微笑み、手に琵琶のような楽器を抱く長い髪の美女です。
この女神はそれだけの美しさと品格と地位を持った存在でした。
サラスヴァティとは?
聖典『リグ・ヴェーダ』はインド神話で最も知名度のある教典ですが、その中には25本もの川が登場します。
熱帯気候のインドでは水が大切なのは言うまでもありませんが、その水を与える川も重要視されていたことと思われます。
その多くの川の中で、一番有名で優美と言われたのがサラスヴァティという川でした。
この川自体の存在については不明ですが、大切な川を神として崇めたのが女神サラスヴァティです。
一説には、サラスヴァティ川は地上の川ではなく、地中を流れる川と言われているそうです。
人の目にはつかず、地底にあって大きな恩恵を与える存在-女神サラスヴァティと共通するものを感じます。
まさに万物を生み出した女神であり、同時に圧倒的な力を持った存在とされていたようです。
元々、古代インドのサンスクリット語ではサラスヴァティとは“水を持つ者”という意味を持っていたそうです。
人々の生活に必要不可欠な水の女神サラスヴァティ。
その性格を与えられた女神は【最高の母】、【女神の中でも最上の女神】と呼ばれるほどの高貴な神格を持つようになったのです。
ヴィーナ(琵琶)
サラスヴァティの絵姿には琵琶のような楽器を持っているものが多いのですが、この楽器はヴィーナと呼ばれます。
ヴィーナとは古代インド音楽の弦楽器の総称です。
この楽器ヴィーナを作ったのは破壊神シヴァと言われています。
破壊神の名前に似合わず、色々な物を作ったりもする神ですが、彼にはマハーデーヴァ(全て統べる偉大な神)という異名もありますので、壊すことも作ることも同一という考えだったのかも知れません。
ヴィーナは2個のカボチャをくりぬいて竹竿につなぎ、そこに動物の腸で作った弦を張ったのがオリジナルと言われています。
原料はカボチャだけではなかったようで、かんぴょうの実を使ったものや亀をつかったものなどもあるそうです。
サラスヴァティのヴィーナと呼ばれる楽器は、その名にふさわしく精密な装飾がほどこされ、従者である孔雀や白鳥、花などがモチーフとなっているそうです。
縄
サラスヴァティの手には羂索(けんさく)と呼ばれる縄を持っています。
難しい字ですが【羂】とは罠を意味して、言うまでもなく鳥獣をとらえる罠のことです。
サラスヴァティが持っているのは五色の糸を撚り合わせた綺麗な縄で、その一端には環、他端には独鈷杵の半形をついている武器ともなるものです。
東大寺の不空羂索観音像は有名ですが、その手には“人々の悩みを救済し(捕らえ)願いを叶える”とされる羂索を持っています。
孔雀
サラスヴァティの乗り物は孔雀です。
美しい女神が乗る動物として華麗な孔雀はいかにも似つかわしいと思われますね。
サラスヴァティの別名
最高の女神であるサラスヴァティは多くの別名を持っています。
マハーヴィディヤー
インド神話に登場する10人の女神の総称がマハーヴィディヤーです。
この10人にはシヴァ神の妻であるカーリーも含まれます。
サンスクリット語では【輝く広大な知識を持つ者】という意味を持つそうです。
ガーヤトリー
古代の人々はヴェーダ(聖典)を神と考えていたようです。
そのヴェーダの韻律や詩の形式を古代インド人は【ガーヤトリー】と呼びました。
これはリグ・ヴェーダでは一番有名な詩韻で、現在ではガーヤトリーマントラとして、唱える人も多数いるそうです。
ちなみに太陽神へ詠み上げるガーヤトリーを1日3000回唱えると罪は全て帳消しとなるとまで言われたとか。
多くの信仰を集めていたものと思われます。
この詩の韻律が神格化され、女神ガーヤトリーとなるのですが、この名がサラスヴァティの別名の一つでもありました。
音楽の女神、水の女神
ヴィーナを抱きかかえている姿やサラスヴァティ川との関係を考えるとごく自然な別名ではないでしょうか?
仏教名
インド神話が日本に伝わり、インドの神々が仏教と結びつき仏名を持つようになった神がたくさんいます。
サラスヴァティもその一人で、仏名は弁財天と言います。
弁財天については後ほど詳しくご紹介しますね。
創造神ブラフマーとの結婚
最高の女神サラスヴァティの夫は、全ての神を作り出したと言われる創造神ブラフマーです。
麗しき女神が最高神の一人と結ばれるということは、高貴な男女のカップル誕生ということで、できすぎたハッピーエンドという気もしますね。
しかしこの二人の結婚は簡単にまとまったわけではありません。
ブラフマーの章で紹介しましたが、サラスヴァティはブラフマーの娘とも言われているのです。
自分の娘であるサラスヴァティがあまりにも美しく、魅力的だったため、ブラフマーは立場を忘れ、彼女を妻にしたいと熱望したのです。
サラスヴァティにとっては青天の霹靂、仰天したことでしょう。
父親を疎ましく思い避けようとする娘でしたが、ブラフマーは彼女を追いかけ回します。
サラスヴァティが東へ行けば東へ、南へ行けば南へと、娘の行く先々へ顔を現したのです。
顔を出すと言っても、神の顔ですから、地を覆うほどの大きさだったでしょう。
サラスヴァティは天へと逃げましたが、その上にもブラフマーの顔が出現したため、逃げ切れないと思ったのか、諦めたサラスヴァティは父親との結婚を受け入れたのでした。
また別の説によると、サラスヴァティは元々は維持神ヴィシュヌの妻の一人だったそうです。
ところがヴィシュヌの他の妻ともめ事を起こすサラスヴァティに怒ったヴィシュヌが妻をブラフマーに譲ってしまったとも言われています。
この説が本当だとしたら、【綺麗なバラにはトゲがある】のように美しいサラスヴァティは気性が荒々しかったとのではないかと想像してしまいますね。
いずれにしても、ブラフマーと結ばれたサラスヴァティは様々な紆余曲折はあったものの、夫とは仲睦まじく、二人の間に生まれたマヌが人類の租となったとプラーナ文献にはあります。
弁財天
サラスヴァティは蓮の花の上または孔雀に座ってヴィーナ(琵琶)を奏でている姿が有名ですね。
日本へ伝わり仏教に取り込まれると、サラスヴァティは音楽、美、知恵の女神である弁財天へと変化しました。
弁財天を祀る社の多くが川や水辺の近くにあるのも、サラスヴァティの変化と考えると納得ですね。
また、社近くの井戸や水辺でお金を洗って清めると何倍にもなって帰ってくるという“銭洗い弁天”(鎌倉の銭洗弁財天宇賀福神社が有名ですね)という信仰がありますが、これもサラスヴァティが水の女神であるという性格によるものでしょう。
エンタメ世界でのサラスヴァティ
美しい女神サラスヴァティはそれだけで【戦う美女戦士】というカテゴリーに入ってしまいそうです。
モンスト、パズドラでも不可欠のキャラとして人気を集めています。
テレビアニメ『天空戦記シュラト』
何回か紹介しているアニメですが、主人公がインド神話やヒンディー教の世界に転生し、調和神ヴィシュヌの元でアスラ族やシヴァ神と戦うことになったとき、味方として登場したのが、ヴ
ィシュヌのお庭番である【弁財天サラス】です。
長い髪を一つに結び、軽快な服装のサラスは、オリジナルのサラスヴァティのような優雅な女性ではなく、楽器を持つこともなく、主人公を守って戦い、アスラ族の手に倒れました。
サラスヴァティ まとめ
最高の女神と称えられるサラスヴァティ。
さぞや女性に人気があって、あかやりたいという女の子が多いのだろうと考えたのですが、意外とサラスヴァティという名前の女性は少ないようです。
やはり“名前負け”ということはどの国でも気になるのでしょうか?
彼女への信仰は篤く、インドのハイデラバード近郊のバサラ寺院、シンガポールのスリ・マアリアン寺院などサラスヴァティ単体ではなく、他の神々と一緒に祀られている寺院も多く存在します。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
マイベスト漫画は何と言っても山岸凉子の『日出処の天子』連載初回に心臓わしづかみにされました。
「なんでなんで聖徳太子が、1万円札が、こんな妖しい美少年に!?」などと興奮しつつ毎月雑誌を購入して読みふけりました。
(当時の万札は聖徳太子だったのですよ、念のため)
もともと歴史が好きだったので、興味は日本史からシルクロード、三国志、ヨーロッパ、世界史へと展開。 その流れでギリシャ神話にもドはまりして、本やら漫画を集めたり…それが今に役立ってるのかな?と思ってます。
現在、欠かさず読んでいるのが『龍帥の翼』。 司馬遼太郎の『項羽と劉邦』は有名ですが、劉邦の軍師となった張良が主役の漫画です。 頭が切れるのに、病弱で美形という少女漫画のようなキャラですが、史実ですからね。
マニアックな人間ですが、これからもよろしくお願いします。