メーガナーダの勝利

インドの有名な叙事詩『ラーマーヤナ』はご存じのとおり、ヴィシュヌの化身であるラーマが愛妻を取り戻しに羅刹族の住処ランカー島へ攻め込むという話です。

ヒーローのセオリー通り、最後はラーマが勝利するのですが、緒戦は大変な苦戦を強いられました。

その原因の一つが今回紹介する羅刹族の勇士インドラジットです。

インドラジット|インドラに打ち勝ったラークシャサ

インド神話には神々と対立する魔族や鬼神が多く登場しますが、その中にラークシャサという魔族がありました。

この中の王となったのがラーヴァナで、インドラジットは彼の息子です。

ラーヴァナの子でもあり、間接的には破壊神シヴァ神の子とも言われています。

彼の本名はメーガナーダと言い、【雲の咆哮】を意味するそうです。

吠える雲…ということは雷を連想しますよね。

彼と雷は深い関係を持つようになるのです。

雷神インドラを捕らえたメーガナーダ

父である羅刹王ラーヴァナは大変な苦行の末に創造神ブラフマーから認められ“あらゆる者に負けない”力を授けられました。

その勢いを駆って、異母兄弟に当たるクヴェーラをランカー島から追い出し、自分が王位を乗っ取ったことは以前紹介しました。

ラーヴァナはランカー島だけで引っ込む男ではありませんでした。

雷神インドラにまで戦いを挑んだのです。

ブラフマーに与えられたパワーがあるから負けるはずはないと思ったのでしょう。

この時ラーヴァナ以上に活躍したのが、インドラジットでした。

名前からしてインドラと関係があるのがわかりますよね。

メーガナーダはシヴァ神から強力な力を授けられていたそうです。

その甲斐あってか、なんと雷神インドラを捕まえてしまったのです。

そしてインドラをランカー島に連れてきて、人質(神質?)にしてしまいました。

神々の中でもパワーのある戦神インドラが捕まるとは…それほどメーガナーダが強かったということなのでしょう。

ランカー島にインドラ以外にも捕えられた神々がいました。

インドラは彼らと共にラークシャサの奴隷扱いをされ、こき使われました。

神々が魔族の奴隷いになるとは…さすがに見逃せぬと思ったブラフマーはラーヴァナにインドラ達の釈放を頼まなければならない羽目になってしまったのです。

このときブラフマーは「インドラを捕まえたとは、大したものだ」と誉め(ご機嫌取りですね)メーガナーダに【インドラに打ち勝った者(インドラジット)】という名前を授けたのです。

この名前、本人にとっては名誉だったでしょうが、インドラにとっては非常に不愉快で屈辱的なものだったでしょうね。

傲慢になったメーガナーダは名前をもらっただけでは不服だったようで、その上に「不死になりたい」と要求したため、不承不承ながらもブラフマーはこれを認めざるを得ませんでした。

インドラジットの強さ

もともと強力な力を持つ羅刹族の中でも、王となったラーヴァナはダントツのパワーの持ち主でした。

その息子であるインドラジットについては言うまでもありません。

まず戦車を用いての戦闘に優れていて、世界でもトップクラスの弓矢の腕前を誇っていたと言われます。

ラーヴァナからは「おまえがいる限り、私の戦は絶対に負けぬ」と断言されたほどでした。

3つの魔術を得る

また、力だけの脳筋ではなかったようで、彼は火の神への祭りや儀式を行い、自由自在に魔術を操れとた言います。

この祭儀は、戦場で行うこともありましたが、主に聖地ニクムビラー(ランカー島の守護女神とされています)のニヤグローダ(イチジク)樹林で行われたそうです。

この儀式によって手にする力は大きく分けて3つあったそうです。

一つ目は“相手を縛り上げてしまう蛇(ナーガ)の矢”であり、二つ目は“闇の中に溶け込むが如くその身を不可視にする身隠の術”三つ目が“自身が操る矢や刀剣・斧・投槍等から炎を放つ火神の力”と言われます。

インドラジットはこれらの力を奮い、戦場を縦横無尽に駆け抜け、敵を倒したのです。

特に蛇(=ナーガ)の矢と身を隠す術は非常に強力だったようです。

ナーガの矢で受けた傷は、天敵ガルーダには治療できたそうですが、それ以外は神でも治すことは不可能とされました。

また術で身を隠してしまったら、戦いの神インドラでさえ、近づくこと無論、姿を発見することすらできないと言われています。

透明人間になる術のように思えますが、はっきりとはわかりません。

いずれにしても、世界でもトップクラスの強力な術だったと言えましょう。

インドラジットはこれらの術以外にも、ラーマの妻シーターの幻を作り出す術をも使いこなせました。

ラークシャサの性質なのか、太陽が沈み夜になるとその力はさらに増大したそうです。

戦うインドラジット

インドラジットが叙事詩に登場するのは『ラーマーヤナ』の第5巻『スンダラ・カーンダ(美の巻)』で、ランカー島に侵入した猿の戦士ハヌマーンによって羅刹族の兵士やラーヴァナの王子アクシャ(インドラジットの兄弟ということになりますね)が敗れた後になります。

ハヌマーンとインドラジットは互角の戦いを繰り広げるのですが、勇者同士の戦いですから動きが止まってしまいます。

その状況を破るためにインドラジットは得意の瞑想を行い、相手の力を十二分に理解した上で、ブラフマーの武器を使って見事にハヌマーンを捕縛したのです。

ところが、ハヌマーンには【ブラフマーの武器では苦痛を受けない】という便利な特権がありました。

それを知らないインドラジット以外の羅刹が縛られたハヌマーンを再度縛り上げると【ブラフマーの武器の縛られても、他の道具で上書きされて効果を失ってしまう】という事態が起こり、ハヌマーンは脱走してしまったのです。

インドラジットにしてみれば「しまった!」といったところでしょう。

 

『ラーマーヤナ』6巻の『ユッダ・カーンダ(戦争の巻)』になると全てに登場する強力な敵=インドラジットという立場になりました。

この戦いの発端は、ヴィシュヌの化身である人間のラーマにラーヴァナの妹シュールパナカーが恋して迫ったところ、シーターに夢中だったラーマが適当な言葉であしらい、弟ラクシュマナを薦めたのです。

ラクシュマナもシュールパナカーが好みではなかったのか「おまえは美しいのだから、もう一度兄に告白したら、古女房=シーターを捨てておまえに振り向くかも知れない」とこれまたいい加減なことを言ったのです。

羅刹族にしてはと言うと失礼ですが、純情だった(らしい)シュールパナカーはこの言葉を信じ、シーターに襲いかかったのです。

自分の言葉が引き金となったのに、彼女の所行を怒ったラクシュマナは羅刹族の女の鼻と耳をそいだのでした。

無残な姿の妹に泣きつかれたラーヴァナは激怒し、復讐のため、シーターを略奪してランカー島に監禁したのです。

ラーマは愛妻を取り戻そうとラクシュマナや猿の勇士ハヌマーンと共に、攻めてきたのでした。

羅刹軍の軍議の席で「この際シーターをラーマに返して、戦争は避けた方が良いのでは」と主張した者がいました。

インドラジットには叔父にあたるヴィビーシャナですが、インドラジットは大反対。

それどころか、「叔父上は腰抜けだ」とあざ笑い、非難したそうです。

その昔、雷帝インドラを虜にしたインドラジットは将来的な展望を考えず、ただひたすら己の力に慢心していたようです。

ラーマの味方である猿のアンガダと一騎打ちをしたインドラジットは戦車を壊されてしまい、退却しますが、身隠の術を使ってラーマとラクシュマナを強襲し、ナーガの矢を放ち、相手を行動不能にさせました。

この時ラクシュマナは瀕死の重傷を負いますが、ハヌマーンの行動で何とか九死に一生を得て、復活しました。

ナーガの矢による攻撃で、インドラジットの術と察したハヌマーンはすぐさま指示を出しました。

指揮官達は四方八方を駆け巡り、インドラジットを探したのですが、彼は次々と攻撃を仕掛け、ハヌマーンの追手を破りました。

シーターを返すように主張し、インドラジットから罵られた叔父ヴィビーシャナはその後ラーマ軍に投降し、甥達とは敵対していました。

血縁のせいなのか、彼だけは戦場でインドラジットの姿を見つけたそうです。

しかし激しい攻撃を受け、手も足も出せない状況だったそうです。

 

やがて戦いはラーマ軍有利に展開します。インドラジットの弟達が討たれ、その死に意気消沈する父ラーヴァナの姿にインドラジットは再出陣します。

単純な肉弾戦ではらちがあかないと彼は一計を案じました。

敵の大将ラーマの大切な者=シーターの幻を作り出すと、ハヌマーンの前でそれを殺してわざと見せつけたのです。

ラーマの戦闘意志をくじこうとしたのでしょう。

インドラジットのもくろみ通り、妻が死んだと信じたラーマは戦う理由がないと気力を失い退却しました。

作戦勝ちとばかり、悠々と凱旋したインドラジットはラーマ軍への最後のとどめを刺すために、ニクムビラーで祭儀の準備に取りかかりました。

 

しかし、ラーマ軍にいる叔父ヴィビーシャナが「あれはインドラジットのまやかしです」と看破し、甥が儀式をする場所=ニクムビラーを攻めるよう、ラーマに進言したのでした。

幻だったと知り、気力を取り戻したラーマはインドラジットが儀式に気を取られて油断しているニクムビラーに奇襲をかけ、彼を守っていた羅刹を倒しました。

突然の急襲に驚いたインドラジット。

儀式の途中でしたが、中断して敵の迎撃に向かいます。

しかし、その隙をついてラクシュマナとヴィビーシャナが儀式会場への道を封鎖したのでした。

 

儀式が中断したので、術も不完全なものだったでしょう。

完全な術を得るためにはきちんと儀式を執り行わなければなりません。

インドラジットは儀式を再開するため戻ったのですが、ラクシュマナが立ちふさがりました。

乱戦の中、お互いの得意とする矢と矢の撃ち合いでは勝負がつかなかったので、インドラジットはヤマやアグニ、アスラなどの鬼神、魔族の武器を使用しました。

しかし、その全てはラクシュマナの放つ神々(ラーヴァナの異母兄弟であるクヴェーラやスーリヤなど)の武器で撃ち落とされてしまいました。

 

長い長い戦いの末、祈りと共にラクシュマナはインドラの矢を放ちます。

それは真っ直ぐに飛び、インドラジットの頭を貫いて粉々に砕いたのです。

雷帝インドを捕まえ、ラクシュマナを瀕死に追い込み、戦場を席巻した羅刹族の勇士インドラジットは戦場に散りました。

彼の死と同時に世界には喜びの声が沸き上がります。

一方、インドラジットの部下だった羅刹の兵士達は無敵と思っていた大将を失ったことに恐怖してすぐさま撤退したのでした。

この後、ラーヴァナも倒れ、シーターは無事ラーマの元に帰ることになります。

インドラジットの名前はインドラを倒したことによるもの-しかし、インドラに勝った者がそのインドラの矢に倒されるというのは何とも皮肉な結末でした。

シヴァ神とインドラジット

一説ではメーガナーダ(インドラジット)は破壊神シヴァの子どもと言われています。

メーガナーダの母はマンドーダリーという名前でアスラ族の女でしたが、実は彼女の前世はアプサラス(水の精)のマドゥラーという女だったのです。

彼女がカイラーサ山のシヴァを訪問したとき、彼の妃パールヴァティーは外出中で不在でした。

前々からシヴァ神に恋心を抱いていたのか、野心があったのかは不明ですが、チャンスと思ったのか、彼女はシヴァを誘惑し結ばれ、彼の子を妊娠したそうです。

それにしても、妻の留守に他の女と浮気するとは…神とは言え、昼ドラのような展開ですね。

パールヴァティーは夫の浮気を知って激怒。マドゥラーに呪いをかけ、なんと古井戸の中のカエルに変身させてしまいました。

優しい妻のイメージのあるパールヴァティーですが、夫の浮気は許せなかったようです。

相手の女に憎しみを向けるところは神とは言え、よくある人間の女性と同じなんだなと考えてしまいますが、マドゥラーだけではなく、シヴァにも何か罰を与えたと思いたいですね。

 

さて、カエルになってしまったマドゥラーはひたすら許しを求めました。

相手はパールヴァティーだと思うのですが、なぜか不倫相手のシヴァが「12年後におまえはマヤ(アスラの王)の娘として美しい女に生まれ変わる。そしたら偉大な王と結婚させてやろう」と約束したのです。自分のせいで苦しめた贖罪のつもりでしょうか?

12年後、マドゥラーは女子として生まれ変わりました。

シヴァは赤ん坊の彼女を自分の宮殿に連れ帰り、マンドーダリーと名づけて育てました。

美しく成長したマンドーダリーはシヴァ神の予言通り、偉大な王=ラーヴァナの妻になりましたが、彼女の体に残っていたシヴァの精子が活動を始め、卵子と結びついたのでメーガナーダが産まれたということです。

ですから、メーガナーダはシヴァ神の子どもであり、その怪力は父親のシヴァ神譲りと言われているのです。

12年も体の中で生きていた精子…何とも荒唐無稽な話ですが、神の仕業ということで納得せざるを得ないことなのでしょう。

エンタメ世界でのインドラジット

世界一ではないかというパワーの持ち主インドラジット。

キャラも立っていますし、名前もカッコイイし、エンタメ世界がほおって置くはずはありません。

『女神転生シリーズ』

インドラジットは『真・女神転生』で天魔として初登場します。

キャラデザインはインド神話で父親とも言われるシヴァとの色違いになっていて【マカラカーン】という電撃属性攻撃と魔法反射効果のある能力を持っています。

物語では、東京都庁で父と一緒にロウ陣営の味方となっているヴィシュヌと戦っています。

『ラーマーヤナ』ではインドラジットとラーヴァナはヴィシュヌの化身ラーマと戦いますから、原典に沿った設定ということでしょう。

展開が二通りあって、ロウルートではラーヴァナが倒された直後にインドラジットが出現し、父親の仇として主人公と戦います。

またカオス(混沌)ルートになると、ラーヴァナが仲魔になってしまうので、残念ながらインドラジットの出番はありません。

ただし、メガCD版ではラーヴァナの補佐役なので、彼の姿は見られるそうです。

インドラジット まとめ

雷神インドラを捕らえ、ラクシュマナやハヌマーンと戦い敗れたというエピソードしかないインドラジット。

力だけの肉体派脳筋男のイメージを持ってしまいますが、神への祈りに熱心でそのおかげで魔術にも秀でていたという一面を考え合わせると、知勇兼ね備えた男だったと感じます。

戦いで死なず、ハヌマーンやラクシュマナと“友情”関係になっていたら…と想像してしまうのですが、宿命で死ななければならなかったのは残念だなと思います。