バラモン教

一口にインド神話と言っても、多種多様です。

日本神話やギリシャ神話、北欧神話にも細かいところが少し違うエピソードもありますが、大まかではほぼ同じです。

では、インド神話にはなぜ様々な種類があるのか、理由は神話の成立した時代とその当時隆盛だった宗教に大きく影響されたからです。

アーリア人の聖典が起源の神話群

世界には日本を含め、各地に数多くの神話が存在します。

その中で一番難解と思われるのがインド神話ではないでしょうか。

一人の神が化身して別の神や人間になったり、名前は違っていても実は同じ神とされていたりなど神々をきちんと整理するのも一苦労です。

また『ラーマーヤナ』『マハーバーラタ』などの叙事詩にも神々が関わっていますし、沢山あるエピソードがまたまたあちこちに枝分かれしているものもあるので、ますます話がふくれあがります。

何が何だかわからない、こんがらがってしまうというのが正直なところではないでしょうか?

しかし別の言い方をすれば、【複雑で幾重にも重なった構造】がインド神話成立のプロセスを解明するカギであるとも考えられるのです。

 

もともとインド神話は、バラモン教の聖典『リグ・ヴェーダ』を中心にしたヴェーダ文献と呼ばれる宗教文書を土台にして発展してきた神話と言われます。

このヴェーダ文献は、現在のインド北西部のパンジャブ地方で生まれたバラモン教の聖典ですが、バラモン教を興したインド・アーリア人は実はインドに昔から住んでいた民族ではありません。

アーリアという名前のとおり、黒海とカスピ海に挟まれたコーカサス地方(グルジア、アゼルバイジャン、アルメニアなどがある地方)が原住地である騎馬民族アーリヤ人を起源としているのです。

騎馬民族と言うと、有名なジンギスカンに代表されるモンゴル民族などを連想してしまいますが、アーリア人は紀元前から存在していた民族です。

ヨーロッパや中央アジアなどへ少しずつグループ化して移住した彼らは、紀元前13世紀頃にはインド北部パンジャブ地方に定住するようになりました。

そのグループがインド・アーリア人と呼ばれるようになったのです。

定住してから約1世紀後の紀元前12世紀から10世紀頃にかけて聖典『リグ・ヴェーダ』が成立したと思われます。

インド・アーリア人は『リグ・ヴェーダ』に代表される数々のヴェーダ文献を利用して、司祭階級(バラモン)を身分の頂点とする宗教国家を築き、繁栄しました。

もっとも現在のカースト制度の元となる身分制度が作られたのがこの時代ですから、一番下層に置かれた一般庶民の生活は大変苦しいものがあっただろうと推測されます。

 

時代が下り、紀元前6~5世紀頃になると、このバラモン最優先、バラモン至上主義に疑問、不満を感じたバラモン教の枠外の自由思想家が多数現れました。

彼らは一般庶民の間にも影響を与えていったので、階級の頂点にふんぞり返って権力をほしいままにしていたバラモンは次第にその権力を失っていきました。

この趨勢の中でバラモン教が新たに誕生したヒンドゥー教に吸収されるとともに、神話も同一視されていきました。

農耕民族の信仰に合流、より発展

バラモン教を追って盛んになったヒンドゥー教は、バラモン教の聖典(ヴェーダ文献)をたたき台にしてインドに昔から存在していた信仰を取り込んでいった宗教です。

仏陀のようにはっきりとした開祖はいなくて、バラモン教が衰えていくのに足を合わせたようにインド各地で自然発生したと言われています。

ではインド土着の信仰はどんなものなのかと言いますと、インド・アーリア人の定住以前(紀元12世紀以前)からインドに住んでいた農耕民族ドラヴィダ人の文明が起源と考えられます。

ドラヴィダ人は今は南インドを中心に居住している民族ですが、その昔はインダス文明を築いた民族と言われています。

紀元前30~15世紀頃のインダス文明の遺跡からは、インド神話における神々の原型と思われる神像など様々な遺物が発掘されているそうです。

 

ここで、インド神話成立のプロセスを時系列で整理してみましょう。

ドラヴィダ人によってインド土着信仰が誕生しました。

その後、インド・アーリア人によってバラモン教が成立します。

やがてバラモン教が衰退のきざしを見せると、それまで押さえつけられて、影に隠れていたインド土着信仰が息を吹き返し始めます。

そしてバラモン教以上に繁栄するどころか、バラモン教神話をその中に取り込んでしまい、ヒンドゥー教として大成したという展開を見るのです。

ヒンドゥー教の隆盛とともに2大叙事詩『ラーマーヤナ』と『マハーバーラタ』が作られたのです。

 

ヒンドゥー教の神話を記載した『プラーナ文献』とこれらの叙事詩を合わせてヒンドゥー教の聖典と位置づけられています。

つまりインド神話とは、インド内部ではなく、周辺部に定住していた騎馬民族とインドに昔から定住していた農耕民族という住む場所も生活条件も全く異なる民族の神話が溶け合って生まれたものと言えるでしょう。

全く性格の違う神話が合体したわけですから、いろいろな歪みがたくさん生じます。

整合性を付けるため、バラモン教の神をヒンドゥー教の神の化身としたり、両教のエピソードが並立して異伝という設定になっていたりするのです。

ですから、インド神話に同じ神の化身や似たような異伝が何話も散見されるのは当然の結果と思われます。

アーリア人の聖典と奥深いインド神話の成立 まとめ

複雑なインド神話。

同じ神(魔族や悪魔)が似たようなエピソードに登場し、読んでいるうちに「あれ、これは何の話だったっけ?」と混乱してしまいそうです。

数多くの登場人物に難しい内容、長い話とあってインド神話には食指が動かないという方もいらっしゃるかも知れません。

しかし、その複雑に絡み合った神々や人間達の物語こそ、長い時間と複数の宗教の上に花開いた光と闇を持つ奥深いインド神話の豊かさの証拠と言えるのではないでしょうか?

だからこそ、はまってしまったら病みつきになってしまう人も多いのではないかと思います。