インド神話の神々の変化|バラモン教からヒンドゥー教へ

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リグ・ヴェーダ讃歌

悠久の大地に根ざしたインド神話。複雑な神々や人間の物語が展開される底知れぬ恐ろしささえ秘めたインド神話の主人公は数多くの神々です。

今回は、バラモン教やヒンドゥー教など、インドに発生した宗教の変遷とともに変化していった神々の姿を紹介したいと思います。

インド神話の神々の変化|バラモン教からヒンドゥー教へ

インド神話は司祭階級が權威を奮っていたバラモン教の時代を経て、ヒンドゥー教へと引き継がれ、同時にヴェーダ文献からプラーナ文献へと書き継がれてきました。

この過渡期にあって、インド神話に変わることなく伝えられた大きな特徴は二つありました。

一つは【インド神話は多神教の神話である】こと、二つ目は【自然界の要素や現象を神として崇める】ということでした。

その一方で、上記二点を土台としながらも、大きく変わったことは信仰の中心となる神でした。

バラモン教の時代には、最重要神は司法神ヴァルナであり、最も人気があったのが雷神インドラでした。

司祭階級がトップですから、自分たちを守るために法の力(司法神)を利用するのが便利だと考えたのではないでしょうか。

しかしヒンドゥー教が盛んになると、ヴァルナとインドラの影は薄くなり、変わって最高神とされたのが世界を創造したとされるブラフマー、世界を維持し調和するヴィシュヌ、世界を破壊するシヴァの3神でした。

ヴァルナやインドラはこの3神の引き立て役のような立場になってしまったのです。

バラモン教、ヒンドゥー教の違い

最高神の交代が起きた背景には、当時人々の心の拠り所となっていたバラモン教とヒンドゥー教の性質の違いが影響していると考えられます。

前述のように、バラモン教は知識階級のバラモン(司祭階級)が信者の中心だったので、司法や言葉など目に見えない抽象的な概念を職掌とする神々を重要と考えたようです。

ヒンドゥー教は知識に乏しい一般庶民が信者の中心でした。

だからこそ、自分の身近で、わかりやすい神々=この世界の構成を担う神に支持が集まったのではないかと思われます。

他の理由としては、雷神インドラは遠く中央アジアから移住してきたアーリヤ人を起源とする神だったのですが、ヴィシュヌやシヴァはインドに古くから定住していたドラヴィダ人を起源とする神、つまりインド土着の神でした。

と言うことは、ヴィシュヌ達が一般庶民にはなじみ深く、親しみやすかったということも上げられるようです。

インド神話の敵キャラ

世界中の神話には主人公である神に対抗する敵が存在します。

ギリシャ神話のティターン族や、北欧神話のロキやヨルムンガンドなどは有名ですね。

もちろん、インド神話にも有名な悪役が多数登場します。

その中でも代表的なのが魔族アスラです。

アスラは元々は神の一系統だったのですが、『リグ・ヴェーダ』の最終期には神々の敵という立場になっていました。

アスラの立ち位置が変化したのは、中央アジアコーカサス地方から移住してきて、インド周辺に勢力を広げたアーリヤ民族が、以前からインドに定住していたドラヴィダ人を敵視して、ドラヴィダ人=魔族として投影したためではないかと思われています。
(アーリヤ民族は周辺部からインド内部へ進出してくると、インド・アーリア民族と呼ばれるようになりました)

新たに移住してきた民族が先住民族を敵として攻撃するというのは、このエピソードに限らず、インカ帝国、マヤ文明などの例にもあるように、世界中でも散見される史実ですね。

アスラと並ぶ魔族とされるヤクシャ=夜叉も元々は善良な精霊だったのですが、やはり同じような理由で悪役に変化してしまいました。

巨大なナーガは蛇の魔族とされますが、インドに多く出没する毒蛇を神格化したものと言われます。自然界にある様々な存在を魔族と見なす傾向がよくわかりますね。

ではここから宗教による神話の違いを紹介します。

ヴェーダ時代の神々

インド神話を貫く芯となる書物はバラモン教の聖典であり、世界的にも有名な『リグ・ヴェーダ』です。

サンスクリット語で【ヴェーダ】とは【知識】を意味するそうです。

インドには『リグ・ヴェーダ』の他にも『サーマ・ヴェーダ』(旋律に合わせて歌われる賛歌を収めたもの)『ヤジュル・ヴェーダ』(祭事で唱えられる祭詞を集めたもの)『アタルヴァ・ヴェーダ』(バラモン教の呪術的儀式典礼が書いてあるもの)等があります。

担当する神官の種類が違うので、それぞれの内容も異なっています。

この時代の神々はバラモンという知識階級に支持された神々でした。

『リグ・ヴェーダ』はバラモン(司祭階級)用に編纂された宗教儀式に用いる讚歌や祭詞などを集めた書物です。

なので内容に一貫性はなく、神々の偉大さを具体的に表す誉め言葉(讃美)が神話として解釈されているのです。

インド神話の特徴の一つとして自然界の要素や現象を職掌とする神々が多いのですが、この傾向はこの時代からの始まったようです。

『リグ・ヴェーダ』中では雷神インドラが一番多くの讃歌を捧げられていますが、他にも太陽神スーリヤや風神ヴァーユなど、自然現象を具象化した神が信仰を集めました。

 

その一方でバラモンなどの上流階級や知識階級が信仰の中心だったので、形にならないもの=抽象的な概念を表す神も広く信仰されました。

前述の司法神ヴァルナ、契約神ミトラなどが重要視された神々だったようです。

讃える歌の数が多いとか少ないとか、職掌が軽いとか重いなどの差はありますが、ヴェーダ時代のインド神話には最高神という概念はありませんでした。

どの神がトップということはなく、全ての神が同格でした。

単に宗教儀式の際に讃歌を捧げられていた神がその時点での最高神という位置づけだったのです。

わかりやすい理論ではありますね。

筆者などは人気投票のような感じがするのですが。

しかしバラモン教がヒンドゥー教に取り込まれてゆくプロセスで、バラモン教の神々はヒンドゥー教の神々の後塵を拝すことになってしまったのです。

要するにバラモン教の神々はヒンドゥー教の神々の引き立て役(敗者となる敵役)に変わっていき、役割も矮小化されて格下の存在となっていったのでした。

 

神話には欠かせない世界の創世神話は『リグ・ヴェーダ』中の“原人讃歌”に見ることが出来ます。

原人プルシャの口からバラモン、両腕からクシャトリヤ(王侯・武人階級)、両太腿からヴァイシャ(庶民階級)、両足からシュードラ(奴隷階級)が誕生したと言われています。

口から生まれたバラモンは人々を言葉で教え導き、両腕から生まれたクシャトリヤは頭や腕を使い、ヴァィシャとシュードラは足を使って働くのだという喩え話のようです。

現在にも残り、時には世界から非難されるカースト制の根拠はこの逸話とされます。

この後に誕生したヒンドゥー教にも創世神話がもちろんありますが、かなりの違いがあります。

このように、始まりの物語が一つではないということからも、インド神話の奥深さ(複雑さ)がよくわかるのではないでしょうか。

ヒンドゥー時代の神々

バラモン教のヴェーダ文献とインドの土着神信仰が交わって誕生したのがヒンドゥー教神話です。

ヒンドゥー教神話の代表作品は、舞台演劇、舞踊などで有名な2大叙事詩『ラーマーヤナ』と『マハーバーラタ』ですが、その他にも神々の聖典群『プラーナ文献』などがあります。

世界的にも有名な2大叙事詩とプラーナ文献ですが、この中にインド神話が系統的にきちんと整理されてまとめられているわけではありません。

2大叙事詩はその設定や展開に数多くの神話を取り込んで混ぜ合わせてできた物語ですし、その内容は戦争や、恋愛など現代にもありそうな小説(ライトノベル系)です。

またプラーナ文献はどうかと言うと、宇宙の創造と破壊と再生、神々の系譜、人類の歴史、王朝の歴史の5点が主題となっているのですが、その目的はあくまでも【神を讃えること】が最優先なので、ストーリー性はあまりなく、まとまりはほとんどありません。

つまり、断片的なエピソードを神話と同一視して書いているということだと思われます。

 

狭い階級のみに信じられて一般庶民を無視していたバラモン教が次第に衰え、ヒンドゥー教が盛んになると、創造神ブラフマー、維持神ヴィシュヌ、破壊神シヴァの3神が1組(三神一体)と考えられるようになりました。

そしてこの3神が世界の創造から破壊と再生までを司っている最高神と見なされるようになったのです。

ヒンドゥー教神話の広がりの背後には一般大衆に支持されたインド土着神が力を持ったことがあると言われています。

では、なぜインドの土着信仰がヒンドゥー教で人気を得たのかという理由ですが、単純に信仰の中心である多数派の庶民にとってバラモン教よりもなじみ深かったためでした。

しかし、だからと言って前時代のバラモン教を否定することはなかったのです。

最高神3神のうち、ヴィシュヌとシヴァの2神はインド土着神ですが、ブラフマーはバラモン教の哲学原理を神格化した神です。

バラモン教の神をヒンドゥー教の神と認定したわけですね。

 

このように前時代の神でさえ取り込んで、自分たちの神にしてしまうという寛容さは長所でもありますが、同時に欠点でもあります。

というのは整合性喪失をもたらす恐れがあるからです。

例えば、ある神の職掌が複数あって、丸っきり相反するものだったり、同一神が同時に存在したりなど、明らかに矛盾が出てきたのです。

そこで新たにプラスされた設定が【一人の神が別の存在になる=化身】【別の名前=異名】でした。

ヴィシュヌの化身は有名ですね。

これはバラモン教の神話にヴィシュヌの化身を登場させ、ヒンドゥー教の神話のヴィシュヌとは別の存在と思わせることで、つじつま合わせをしようとしたからです。

また破壊神シヴァは複雑な性格を持つ神ですが、その性格毎に異なる名前で活躍し、ありとあらゆる状況に対応するオールマイティな神となったのです。

最高神3神と言うと3神は同じレベルだと感じてしまいますが、実はこの中で飛び抜けて優遇されている(と言うか、贔屓されている)のが維持神ヴィシュヌなのです。

ヒンドゥー教の創世神話では対立していた神々と魔族アスラがヴィシュヌの申し出で協力し、不死の霊水アムリタを生み出すために混沌とした乳海を攪拌するという有名なエピソードがあります。
(ヴィシュヌはここでアムリタだけでなく、妻である美女ラクシュミも生み出しました)

これはヴィシュヌの偉大さや賢明さを強調するために作られたのではないかと思いますが、この神がヒンドゥー教では最も大切な神と崇められていたことがわかりますね。

ヴィシュヌは現在でも人気のある神です。

インド神話の神々の変化 まとめ

土着の神を同化させたということではギリシャ神話の神をローマ神話に融合させたローマ帝国を思い出しますが、インド神話はそれ以上の複雑さです。

インド神話への影響として、ここではバラモン教とヒンドゥー教を取り上げましたが、この後仏教が発祥するとますます混沌とします。

その大いなる混沌がインド神話に一旦はまってしまったらなかなか抜け出せない強大な魅力があるように思われます。

  • 2020 01.13
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