今まで何回か名前は出していましたが、あの雷神インドラを苦しめたアスラ族ヴリトラが主人公として登場です。
大蛇の姿をしているということで、北欧神話の世界を取り巻く大蛇ヨルムンガンドを連想する方もいらっしゃるかも知れませんね。
ヴリトラとは?
アスラ族の中でも最高位の魔神と言われます。
もともと悪魔と言われるぐらいですから、アスラ族は強力な者ばかりだったはずです。
その中でもトップクラスということは、ヴリトラの強さが想像できますね。
その姿は蛇、あるいは蜘蛛と言われます。
アスラ族にふさわしい忌むべき姿だったということでしょう。
ヴリトラの出生については幾つか説があります。
創造神プラジャーパティが雷神インドラへの恨みを晴らすため、燃やした炎の中から生まれたとされています。
また、天界の技術者トヴァシュトリが生み出したという説もあるのです。
インドラとは因縁の相手と言うべきか、何度も激しく戦いますが、力及ばず敗けたと伝えられています。
相手が強すぎたのでしょう。
インドラとの激戦については後ほど紹介しますね。
ヴリトラは悪天候をもたらす悪神と言われ、特に雨を降らせず干ばつを引き起こし、人々を苦しめたと言われています。
ヴァジュラ(金剛杵)
ヴリトラにとって不倶戴天の敵である雷神インドラ。
彼の武器といえばヴァジュラ(金剛杵)有名ですが、実はこれヴリトラを倒すために作ったものだと言われています。
聖仙ダディーチャが自らの命と引き替えに自分の骨を差し出し、それを使って天界の技術者トヴァシュトリが作り上げたのです。
ヴァジュラは激しい雷を呼ぶ武器で、投げつけることによってインドラは敵を倒しました。
雷神インドラにふさわしい武器と言えるでしょう。
ちなみに金剛杵は今も仏具の一つとして使用されています。
ヴリトラの別名
元々ヴリトラという単語には【障害】【遮蔽物】【囲う物】という意味があるそうです。
【天地を覆い隠すもの】という意味もあるとか。
やはりとてつもなく巨大な生き物ということだったのでしょう。
別名としてアスレシュレーシュタという名前がありますが、由来は不明です。
アスレがアスラと似ているので、アスラ族に関した名前と考えられます。
また【ダーナヴァ】という名前もありますが、これはアスラ族の一派である【ダヌの子どもたち】の意味です。
やはりアスラ族ということでの別名と思われます。
ヴリトラ誕生秘話
創造神プラジャーパティは単神ではなく、複数の神を称したという説もあり、天界の技術者=工巧の神であるトヴァシュトリもその一人とされていました。
このトヴァシュトリですが、理由は不明ですが、昔から雷神インドラとは仲が悪かったそうです。
その思いが殺意に変わったのでしょうか、トヴァシュトリはインドラを倒すためにトリシラスという息子をもうけたのです。
3つの頭を持つ者という名前のトリシラス。
彼はそれぞれの頭で世界を圧倒したと言われます。
このトリシラスを見たインドラはそのパワーに不安を感じたのでしょうか、3つの頭を切り落として殺してしまったのです。
自分の息子を殺されたトヴァシュトリ。
インドラに対する憎しみを募らせたことでしょう。
工の神は火をたいて呪文を唱えながら、連日連夜儀式を行ったのです。
すると8日目の夜、一人の魔神が出現し、トヴァシュトリに「父」と呼びかけました。
「どうして悲しんでいるのですか?」と尋ねられたトヴァシュトリ。
理由を語ると新しい息子は「お父さんのためなら、私は何でもします」と言い切ったのです。
トヴァシュトリは息子の言葉をとても喜び、彼にヴリトラという名前を与えました。
そして不倶戴天の敵インドラを倒せと命じたのです。
ヴリトラの外見は、真っ黒な肌に黄色い瞳、巨大な牙を持った魔神で、カモシカの皮をまとい、剣を携えていたとも言われます。
また、巨大な蛇の姿で描かれることもあります。
いずれにしても、前述のように巨大な大きさだったようです。
インドラとの戦闘
インドラ憎しで凝り固まったトヴァシュトリは息子ヴリトラを戦いの場に引き出しました。
神の中でも高い戦闘力を誇る雷神インドラと巨蛇ヴリトラの戦いは苛烈なものでした。
激戦の末、ヴリトラは遂にインドラを捕えると、その大きな口に飲み込んでしまったのです。
それを知った他の神々は慌てて、ヴリトラにあくびをさせ、その隙にインドラを脱出させたのです。
インドラは体を小さくさせていたと言われます。
これにより【あくび】が世界に存在するようになったとか。
飲み込まれたインドラはヴリトラの強大な力を自分自身で痛感したことでしょう。
しかし、ヴリトラほどのパワーのある者をそのままにしておくことはできません。
ヴリトラは自分たち神々はもちろん、人間、世界そのものすら飲み込んでしまうかもしれない恐ろしい存在です。
インドラを含む神々はマンダラ山に集合すると、ヴリトラをどうしたら倒せるのか、話し合いましたが、これといった妙案が浮かばなかったので、維持神ヴィシュヌに相談することになりました。
【困ったときのヴィシュヌ頼み】というわけでしょうか、ヴィシュヌは相談役になることの多い神ですね。
神々から泣きつかれたヴィシュヌは1つの策を提案しました。
ヴリトラ敗れる
インドラ達に自分の力を見せつけたヴリトラは油断していたわけではなかったでしょう。
ただ、トヴァシュトリとともにホッとしていたのかも知れません。
そんなヴリトラのもとに、ある日インドラからの使者がやって来たのです。
講和を申し込んだのでした。
条件は“インドラの地位の半分を分け与えること”でした。
ヴリトラはこの条件を受け取れ、講和に応じることにしたのです。
ヴリトラはインドラの神殿を訪ねます。
迎えたインドラは大喜びで歓迎し、お互いを認め合い、抱き合って永遠の友情を誓い合ったと言います。
少年漫画で言えば“戦って生まれる友情”というわけでしょうか。
しかし実はこれこそがヴィシュヌがインドラに授けた策略だったのです。
自分に不利な条件で講和をもちかけ、ヴリトラを油断させた上で、彼を倒す機会をじっくりと窺うように…という企みだったのでした。
自分の勝ちだと思い込み油断し始めたヴリトラを尻目に、インドラは彼を倒す準備を密かに始めていたのです。
ある日、ヴリトラはナンダナの森を通りかかり、そこで一人の美女が歌いながら踊っているのを発見します。
彼女のすばらしい歌声と美貌に一目惚れしたヴリトラはラムバーというその女に話しかけ、いきなりプロポーズします。
いくらなんでも性急すぎと思うのですが…まあ、神のやることですから突っ走ってもおかしくはないのかも知れませんね。
巨蛇にプロポーズされた美女もびっくりしたでしょうが、ラムバーはヴリトラに「私の言うことを何でも聞いて下さるなら、あなたの妻になってもいいです」と答えたのです。
彼女の言葉に浮かれ上がったヴリトラ。
「何でも言うことを聞こう」と約束し、目出度くラムバーを妻にしました。
その美女の望みは「スラー酒を飲んでください」というものでした。
スラー酒は悪酔いするので飲用は禁止されていたのです。
しかしラムバーの言うことは何でも聞き入れるという約束をしてしまったため、ヴリトラは断ることができずにスラー酒を飲んでしまったのです。
すると即墜落睡眠。
この酒はよほどアルコール分が強かったのでしょう。
正体なく眠り込んだヴリトラの前にインドラが登場します。
彼は寝入って意識のない無防備な巨蛇にヴァジュラを投げつけて倒したのでした。
これでおわかりですね。
この美女ラムバーはインドラの罠でした。
ヴリトラの女好きを知っていたインドラは魅力的なラムバーをそそのかし、ヴリトラを誘惑させたのです。
こうしてインドラは、強敵ヴリトラを倒しましたが、相手の弱点につけ込むという、要するに卑怯な手段を使ったわけですから、後々ひどく自己嫌悪に落ち込み、恥じ入ったと言われています。
また、インドラの武器ヴァジュラはトヴァシュトリが作ったとされています。
自分が作ってやった武器で自分の息子を殺されたと知ったトヴァシュトリの心境はどんなものだったか、想像するのが恐ろしく思われます。
天界の神々をも巻き込んだインドラとヴリトラの戦いですが、実は自然現象を表したものという解釈もあります。
インドラは雨と雷であり、ヴリトラは水を閉じ込める雲という解釈です。
このことから、ヴリトラは干ばつを象徴しているとも考えられています。
この説の他にも、アーリヤ人が北インドに勢力を伸ばす際の原住民との関係(争いとか)を背景にインドラVSヴリトラの戦いが成立したという考え方もあるそうです。
エンタメ世界のヴリトラ
巨大な蛇、戦神インドラに一度は勝利したヴリトラは戦闘ゲームにはもってこいのキャラクターでしょう。
女神転生シリーズ
初登場は『デジタル・デビル・ストーリー女神転生Ⅱ』で、種族は怪獣ですが、上位悪魔となっています。
インド神話でたびたび言及される悪神としてインパクトのある存在だったためか以降のシリーズでもかなりの登場率を誇り『真・女神転生』や『魔神転生』シリーズ二作では赤い龍の姿、『真・女神転生Ⅱ』以降はマハーバーラタの説話のように人型でデザインされています。
また、種族も上記の怪獣を嚆矢に龍神、龍王、邪龍など神話中の立ち位置の変化を表すように作品ごとに変遷を重ねています。
しかしながらストーリーに絡むことは少なく、下記の『デジタルデビルサーガ』シリーズの夜叉鬼ヴリトラや『デビルサマナー葛葉ライドウ対アバドン王』の“印形の儀”第四の試練で交戦する程度でした。
ヴリトラ|スラー酒によって力を失ったアスラ族の魔神 まとめ
北欧神話のヨルムンガンド。
ヴリトラと同じく、巨蛇で、戦った相手も雷神トール。
共通点がありますね。
しかし、ヨルムンガンドの戦いは世界滅亡のラグナログの中の1戦だったのに対し、ヴリトラの戦いは神々同士の戦いに過ぎませんでした。
あれだけのパワーを持ちながらインドラの敵でしかなかったヴリトラも影の薄い、報われない存在だったのではないかと感じます。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
マイベスト漫画は何と言っても山岸凉子の『日出処の天子』連載初回に心臓わしづかみにされました。
「なんでなんで聖徳太子が、1万円札が、こんな妖しい美少年に!?」などと興奮しつつ毎月雑誌を購入して読みふけりました。
(当時の万札は聖徳太子だったのですよ、念のため)
もともと歴史が好きだったので、興味は日本史からシルクロード、三国志、ヨーロッパ、世界史へと展開。 その流れでギリシャ神話にもドはまりして、本やら漫画を集めたり…それが今に役立ってるのかな?と思ってます。
現在、欠かさず読んでいるのが『龍帥の翼』。 司馬遼太郎の『項羽と劉邦』は有名ですが、劉邦の軍師となった張良が主役の漫画です。 頭が切れるのに、病弱で美形という少女漫画のようなキャラですが、史実ですからね。
マニアックな人間ですが、これからもよろしくお願いします。