冥界の女王と聞くとどんな女性を想像しますか?
黒いドレスに身を包んだ細身で鋭い目の美しい女性…なんて空想しませんか?
ギリシャ神話のペルセポネは、望まず連れて来られた冥界で自分の居場所を手に入れ、それなりに幸せに暮らしたと言われていますが、さて北欧神話の冥界の女王は果たしてどんな女性だったのでしょうか?
ヘルってどんな女性?
種族: 巨人族
地域: エリューズニル(ニヴルヘル)
別名: 冥界の女王など
邪神ロキを父に、巨人族のアングルボザを母に生まれたヘルは魔狼フェンリル、大蛇ヨルムンガルドを兄に持つ3兄妹の末子でした。
兄たちは人間ではなく異形の神でしたが、ヘルだけは人間の姿をしていたようです。
ロキの子どもたちがアースガルドの神々に災いをもたらすという予言のせいで、3兄弟はアースガルドを追われ、ヘルは死者の国ニヴルヘルへ追放されました。
ニヴルヘルでは死者を支配する権限を持つ女王として支配するようになったのです。
オーディンと義兄弟の契りを結んだためアース親族の仲間と認められていましたが、ロキはもともと巨人族の神でした。
そのロキを父に巨人族のアングルボザを母に持つヘルは間違いなく巨人族で、住む場所は死者の国ニヴルヘルでエリューズニルという館を持っていました。
エリューズニルというのはエリュシオン(ギリシャ神話の死者の楽園)と似ていると思うのですが、関係があるのかも知れませんね。
神々が死んだラグナロクには直接参戦はしませんでしたが、自分の国の死者を兵士として父親ロキに預けたとも言われています。
ヘルという名前には【隠すもの】という意味があり、キリスト教における【地獄】同じ語源ということです。
恐ろしいイメージもありますが、死者を操る氷の女王として、魅力的な女性に描かれた絵もたくさんあるそうですよ。
ナグルファル
ヘルが死者の爪で作った船です。
ヘルは死者を支配する力を持っていました。
ラグナロクでは死者たちを兵士として乗り込ませ、アースガルドに襲いかかりました。
死者の船ナグルファルに関しては後で詳しく解説します。
死者の国の女王
一番上の兄は巨大なオオカミフェンリル、次兄は巨大な蛇ヨルムンガルド。
兄たちと違い女性の姿をしたヘルでしたが、体の半分は北欧の氷河のように青い肌色をしていると言われています。
この状態が半身の死を意味していると解釈され、そのおぞましい姿が神の敵にふさわしいとされたようです。
他の兄弟と同様、ヘルもアースガルドの神々の災いになるという予言のせいで、霜と氷に閉ざされた極寒の国ニヴルヘイムの地底ニヴルヘルへと追放されてしまいました。
と言っても、フェンリルのように半ば監禁状態に置かれたり、ヨルムンガルドのように海底に捨てられてわけではありません。
ヘルは最高神オーディンの命で9つの国を支配することが認められたのでした。
さらに老衰や病気などで死ぬことを【藁の死】と呼びましたが、そのように死んだ者を支配する権限も与えられていました。
遥か昔の北欧では、戦死してアースガルドのヴァルハラ宮殿に迎えられることが名誉という考えが一世を風靡していたので、戦死以外の死を司る仕事はあまり誇れることではなかったのかも知れません。
でもエリューズニルという館を持つ、死者の国を支配したヘルの姿は、他の兄弟とはかなり違っていると思われます。
意外と人間と距離の近い神だったのではないかという気もしますね。
実は意外と【不思議ちゃん】?
死者の国ニヴルヘルの入口には、グニパヘッリルという険しい岩石に阻まれた洞窟があり、獰猛な番犬ガルムがしっかりと守っているので、入りたくても簡単には入れないと言われています。
冥府のケルベロスみたいなものですね。
『古エッダ』の中の「バルドルの夢」によると、オーディンの息子光の貴公子バルドルを復活せるために、バルドルの母フリッグは義理の息子ヘルモーズを使者としてニヴルヘルへ遣わしました。
ヘルモーズは暗く深い谷間を9日間歩き続け、死者が渡るというギアラル橋を渡り、やっとの思いでヘルのエリューズニル館に辿り着いたと書いてあります。
バルドルが死んだのはヘルの父ロキが原因ですし、自分たち兄弟を追放したアースガルドの神々の願いなど聞く筋合いはなかったはずです。
使者のヘルモーズと会うことを拒否してもおかしくなかった立場のヘルでした。
しかし、ヘルはヘルモーズに会い、バルドル復活の条件を出しました。
結果として光の貴公子復活は成功しませんでしたが、こういうところにヘルの柔軟性を感じます。
ちなみにヘルの元には下男のガグラティと下女のガングレトがいました。
彼女は死の国の女王として藁の死による死者を迎え入れ、住居を割り当てたりしています。
ヘルは死と死者の国の管理をする者なので、彼女が許さないと死者としてニヴルヘルに入ることはできません。
無論、蘇ることもできないのです。
ヘルが作ったエリューズニルはかなり変わった館だったようです。
館はとんでもなく高い垣根に囲まれていましたが、館内の家具などには変な名前が付けられていたそうです。
- 皿は【フング=空腹】
- ナイフは【スルト=飢え】
- 入り口の敷居は【フォランダ・フォラズ=落下の危機】
- ベッドは【ケル=病床】ベッドのカーテンは【ブリーキンダ・ベル=輝く災い】
という本体とは何の関連性もない名前でした。
持ち物に名前を付けて、擬人化するというのはよく聞きますが、この名前の脈絡のなさが【ヘル=不思議ちゃん】と言われる理由なのかも知れません。
ヘルのつかみ所の無さは、前述のバルドル復活のエピソードもその一例ですが、こんなところでもおわかりかと思います。
ラグナロクには参戦しなかったヘルは神々と直接戦ってはいません。
ラグナロク後の新世界では、死者の岸を意味する館ナーストランドに住み、ラグナロクの死者を支配していると言われます。
死者の船ナグルファル
ヘルが死者の爪を集めて作った巨大船ナグルファルはラグナログでアースガルド軍に襲いかかると言われています。
ナグルファルについては様々な記述が伝えられています。
巨船の舵を取るのは『古エッダ』の「巫女の予言」によるとヘルの父ロキということになっていますが、『新エッダ』の「ギュルヴィたぶらかし」舵取りはフリュムという巨人で、ロキは大将として死者の軍勢を率いているそうです。
北欧では死者を埋葬する時、一風変わった習慣があって、死者の爪を切るそうです。
その理由は死者の爪材料とするナグルファルを完成させないように妨害するためだと言われています。
このナグルファルは、ラグナログの際、ヘルの次兄ヨルムンガンドが巻き起こした大津波のせいで、陸につないでおいた綱が外れて海に流されてしまったそうです。
ナグルファルはそれ以降、海からやって来ると言われています。
映画化もされた大人気のイギリスの長編小説『指輪物語』は有名ですね。
北欧神話の影響が強く感じられるこの小説では、死者の軍勢が主人公ホビット達の味方として妖精族とともに参戦しました。
ヘル~キリスト教における地獄の語源となった冥界の女王~ まとめ
様々な神話に【死者の女王】という人物が登場しますが、ヘルはイマイチ知名度が低いような気がします。
とは言え、今まで紹介したように「意外とやるじゃん、ヘル」という気持ちになりませんか?
エンタメでも登場は少ないのですが、『ラグナロクオンライン』では、多面的な魅力を持つ女性キャラとして登場することを考えると、マイナーではありますが、隠れた人気神なのではないかと思います。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
マイベスト漫画は何と言っても山岸凉子の『日出処の天子』連載初回に心臓わしづかみにされました。
「なんでなんで聖徳太子が、1万円札が、こんな妖しい美少年に!?」などと興奮しつつ毎月雑誌を購入して読みふけりました。
(当時の万札は聖徳太子だったのですよ、念のため)
もともと歴史が好きだったので、興味は日本史からシルクロード、三国志、ヨーロッパ、世界史へと展開。 その流れでギリシャ神話にもドはまりして、本やら漫画を集めたり…それが今に役立ってるのかな?と思ってます。
現在、欠かさず読んでいるのが『龍帥の翼』。 司馬遼太郎の『項羽と劉邦』は有名ですが、劉邦の軍師となった張良が主役の漫画です。 頭が切れるのに、病弱で美形という少女漫画のようなキャラですが、史実ですからね。
マニアックな人間ですが、これからもよろしくお願いします。