エジプト神話でも人気キャラクターの登場です。
父親は弟に殺された悲劇の王であり、豊穣の神であり、冥府の王でもあるオシリス。母親はオシリスの妹で呪力を持っていたとされる女神イシスです。神々の嫡流のはずのホルスが王となるまでは様々な困難がありました。
ホルスとは?
エジプト神話の中でも有名なオシリス神話によると、冥界の王オシリスの遺児とされ、父の仇である叔父セトと王位を争ったとされています。
その容姿は鳥のハヤブサであるとも、ハヤブサの頭を持つ人間の体の天空神と言われます。他の多くの神々と同一視されたため、数多くの神格と別名を持っています。
ホルスの別名
【ヘル】は地獄という意味でよく知られていますが、これは父であるオシリスが冥府の王であることから呼ばれたものと思われます。
【天空神】【太陽神】はホルスの職掌からの呼び名でしょう。
ホルスの目
叔父であるセト父オシリスの仇でした。セトと戦ったホルスは叔父を倒しましたが、セトに目をえぐり取られてしまいます。深い傷でしたが、知恵の神トトがその傷を治療してくれました。そのことからホルスの目は“ウアジェト(=健全なるもの)”と呼ばれるようになり、失ったものを回復するものの象徴となったのです。ウアジェトというのは下エジプトの守護女神で、頭にコブラをつけた女性の姿をしています。この女神の目が周期的に満ち欠けする月を象徴していたので、細くなった月が再び満月になるように“失ったものを回復させる”“完全なもの”という意味を持つそうです。
また、このホルスの目は“光のシンボル”“ 邪悪の目に対するお守り”とも見なされて、お墓の入り口や扉、後には棺にも描かれるようになったそうです。
そう言えば、トルコにも“邪視から身を守る”という目玉のお守り(ナザルボンジュウ)がありますね。お土産としても人気の青いガラス製の目玉です
天空神ホルス
ホルスは古代エジプトの神々の中でも特に人々から深く信仰されて神でした。天空や太陽を司るとされ、大空高く羽ばたくハヤブサを神格化した神だったのです。人々は天空を舞うハヤブサの雄姿に、地上を見下ろす神の威厳を感じたのでしょう。
ホルスが多種多様な神話に姿を見せるため、数多くの神格と名前を持つようになったと前述しましたが、その神格は大きく二つに分けられます。一つは太陽神を意味する【大ホルス】であり、もう一つがオシリス神話に登場する息子としての【小ホルス】です。
大ホルスですが、崇拝される地域によって異なる名前と役割があります。例えば、太陽と月を両眼とする天空の神である【年長のホルス】、太陽を意味し、太陽神ラーと間違えられることが多い【地平線のホルス】、そして太陽を人格化した【地平線を見出すホルス】などがあります。太陽神として見ると、その呼び名にも頷けるものがありますね。
小ホルスは言うまでもなく冥界の王オシリスと豊穣の女神イシスの子で、オシリスの仇である叔父セトを倒してエジプトの王となった英雄です。
こちらの小ホルスが徐々に大ホルスの役割も兼ねるようになり、知名度でも信仰の篤さでも上位になっていったそうです。確かに神様より、王様の方が親しみやすくはありますよね。
父の仇討ち
ヘリオポリス神話のオシリス神話によると、ホルスがエジプトの王になるには苦難の道のりがあったとされています。
それがセトによる兄オシリス殺しです。
嫉妬によりオシリスが殺されたため、妻のイシスは呪力を使って夫を生き返らせました。その時に交わって産まれたのがホルスとされています。
しかし、一度死んでしまった以上、現世にとどまることはできないと思ったオシリスは冥府に下って、そこの王となってしまいました。豊穣の神が死者の世界に行くというのはギリシャ神話のペルセポネのエピソードを連想させますね。
せっかく生き返らせた夫は再び去ってしまいましたが、イシスは精一杯の愛情でホルスを育てたことでしょう。無論、邪魔者として暗殺者を送り込むセトにも油断はできません。
成長したホルスは神々の法廷に立ち、「オシリスの息子の自分こそ、父の正式な後継者である」と述べて、自分が王位に付く正当性を主張しました。
しかし、神々の法廷の裁判官である太陽神ラーが、まだ若いホルスを「おまえは経験不足だから、王座は荷が重いだろう」と言って、ホルスの言い分を認めなかったのです。
話し合いが決裂したのなら、力にモノを言わせるしかない-ホルスとセトは激しい戦いを開始したのでした。
この苛烈な戦いの中でホルスは左目をセトにえぐられ、セトはホルスの剣により睾丸を負傷します。セトの傷は致命傷でした。ホルスはオシリスの仇を討ったのです。
えぐられたホルスの目を知恵の神トトが治癒してくれたことは前述しましたね。
ホルスは若さ故なのか、向こう見ずな行動をとることが多く、何度も窮地に陥ることがありました。
叔父セトを追いつめて殺そうとした時に、セトを許すようにイシスが諭したため、母の首を怒りに任せて斬り飛ばしてしまったとも言います。(イシスがそういうことを言うとは思えないのですけどね)
その場に居合わせた知恵の神トトのおかげでイシスは蘇り、ホルスは母殺しの汚名を着ることもなく、事なきを得ましたが、意外と短気で歯止めがきかない性格の若者だったようです。
とは言え、人も神も成長するらしく、失敗しながらも経験不足を補うように試練を乗り越えたホルスは、善き王と呼ばれ慕われたオシリスの後継者にふさわしい神になっていきました。
エジプトのファラオ(王)の象徴
左目を失いながらもセトを倒したホルスは全土の王になったというのがオシリス神話のハッピーエンドですが、元々、ホルスは南方エジプトの上エジプトを象徴する神だったと言われています。対立するセトは北方の下エジプトを象徴する神とされていたので、オシリスのエピソードとは関係なく、ライバル関係にあったともされているのです。
要するに、オシリスの殺害からホルスの勝利に至るオシリス神話は、上エジプトの国家神であるホルスが下エジプトの国家神セトを倒し、エジプト全ての国家神になることの正当性を主張し、強調しているとも思われます。(これは上エジプトがしたエジプトを征服したことの比喩というわけです)
ホルスの父となっているオシリスは穀物神であり、穀物の伝播とともに南部へ伝わっていった神なので、上下両方のエジプトの農民にとっては親しみのある神様でした。ですから、負けたセトを信仰していた(征服された)北部の人々にとっては“新しい神ホルスはオシリスの息子である”とした方がなじみやすかったと推測されます。
エジプトの王はホルスの化身であり、天空神ホルスが人間の姿をして現れた【現人神】と見なされました。このため、歴代のファラオ(王)はホルスの子孫であり、同時に神の化身であるとして古代エジプト王国を強大な力で支配し、統治していったのです。
別の方向から見ると、オシリス神話は息子による復讐劇を人間臭く描いているという点も特徴的と言えます。オシリスにしろ、イシスにしろ、他の神々は生まれつき特殊な力を持っていて、そのおかげで嘔吐なり神と崇められるようになったのです。しかし、ホルスは産まれたときから命を狙われ逃亡生活も長く続きました。その苦難の末、自分に欠けていたものを獲得して王となったのです。
彼が経験した苦難の道筋は、統一エジプトを維持してゆくために必要不可欠な努力を示していると同時に、神話時代が終わり、最初の人間の王が登場する予兆であるとも思われます。
エンタメ世界のホルス
アニメ 『太陽の王子 ホルスの大冒険』
1968年(昭和43年)に公開されたアニメ映画です。様々な名作を生んだ高畑勲氏の初監督作品であり、あの宮崎駿氏も参加した作品でした。
善悪の対立という子ども向けのはずのアニメ映画にしては内容が難しかったためか、ヒットせず、埋もれた名作でしたが、コアなファンが多く、知る人ぞ知る傑作と言われています。
『スケバン刑事』のヒットで知られる漫画家和田慎二がこの映画のヒロインヒルダの大ファンだったのは有名な話で、彼の作品にはヒルダに似たキャラや、吹き出しに名前が書いてあったりしました。
エジプト神話のホルスと性格はあまり似ていないのですが、同じ名前ということで取り上げてみました。
少女マンガ 『イシス』 山岸凉子
セトによりバラバラに惨殺されたオシリスをイシスは自分の若さと他人の生命を使って生き返らせます。光の方へ行きたい=あの世に行きたいというオシリスに「せめて子どもを!」と願うイシスは彼を引き留め、以前から不倫関係だった妹ネフティスを強引にオシリスと交わらせます。その結果ネフティスは妊娠し、ホルスが産まれたのでした。
ネフティスの体から産まれたホルスですが、この漫画ではイシスを母と慕い、とても大事にしていることが窺われます。
寝所に裸で入り油断させたセトに毒を飲ませるホルス。断末魔のときにセトの投げた剣が左目に当たりホルスは大けがをします。そこに飛び込んできたイシスは自分の最後の力を使ってホルスの傷を治し、オシリスをあの世へと送ってやったのでした。
ホルスは隻眼の王として即位し、左目の代償として母イシスから全ての力を授かったということです。
追記:映画『キング・オブ・エジプト』
古代エジプトを題材にした映画です。
主役格でホルスが登場し、ホルスの目を巡って戦いが繰り広げられます。また、他の神も色々出てくるのでエジプト神話好きにはたまらない映画ですね。
追記:喜多川阿弥
ホルス|ハヤブサの頭を持つ天空神とホルスの目 まとめ
複雑な出生、母との逃亡生活、異国で成長し、故国へ帰ってからも素性がばれないようにとホルスは緊張の日々を送っていたことでしょう。そして見事に父の敵を討ち、玉座に着いたホルス…ドラマチックな生涯で、アニメにもなりそうなキャラクターではないでしょうか。ハヤブサというかっこいい鳥がシンボルであり、隻眼の王というのも人気が出そうですね。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
マイベスト漫画は何と言っても山岸凉子の『日出処の天子』連載初回に心臓わしづかみにされました。
「なんでなんで聖徳太子が、1万円札が、こんな妖しい美少年に!?」などと興奮しつつ毎月雑誌を購入して読みふけりました。
(当時の万札は聖徳太子だったのですよ、念のため)
もともと歴史が好きだったので、興味は日本史からシルクロード、三国志、ヨーロッパ、世界史へと展開。 その流れでギリシャ神話にもドはまりして、本やら漫画を集めたり…それが今に役立ってるのかな?と思ってます。
現在、欠かさず読んでいるのが『龍帥の翼』。 司馬遼太郎の『項羽と劉邦』は有名ですが、劉邦の軍師となった張良が主役の漫画です。 頭が切れるのに、病弱で美形という少女漫画のようなキャラですが、史実ですからね。
マニアックな人間ですが、これからもよろしくお願いします。