ヤクシャとヤクシニーの章で少し触れましたが、今回の主役クヴェーラもヤクシャ族の一人です。
彼はとても印象的な体型-メタボ気味と言うより、メタボそのものの肥満体型-をしていて、一度会ったら忘れられない強い印象を与える神です。
クヴェーラとは?
前述のとおり、ヤクシャ族です。
神様なのに【クタヌ(醜い体を持つ者)】というひどい別名も持っています。
その由来は、およそ神様らしからぬメタボ体型(でっぷりとした腹回りに低い身長)のせいだと思われます。
しかし、その豊かなお腹が【栄養満点→沢山食べている→お金持ち】という連想につながったのか、富と財宝の神として崇められているのです。
確かにスタイルは良くないし、クリシュナのようなスター神と違って美形ではなく、むしろ醜い方なのですが、クヴェーラは人気のある神様です。
バラモン教が隆盛だったヴェーダ時代には、ヤクシャ、ラークシャサなどの邪悪な存在(魔族)のリーダーと呼ばれましたが、やがて富の神として信仰されるようになりました。
クヴェーラの持ち物
さすが富の神と言うべきか、お財布を持っているそうです。
そして棍棒を手にしている像もあるそうです。
財布を取ろうとする者達を棍棒で倒すというわけではないようですが。
クヴェーラの乗り物
インド神話では神はそれぞれの乗り物(ヴィマーナ)を持っていますが、クヴェーラのヴィマーナはプシュパカです。
『ラーマーヤナ』によると天界の名匠ヴィシュヴァカルマンがブラフマーのために作ったヴィマーナが“プシュパカ”だったそうです。
まるで船や宮殿のような形をしていて、多数の乗員を乗せることもできたとか。
このため、“プシュパカ”は現代語では“飛行機”を意味する単語になっています。
『リグ・ヴェーダ』中にはヴィマーナという説明はありませんが【12の外縁と1つの車輪、3つの通路がある“黄金色の鳥”】について説明があります。
自然のものではなく、人の手で造られたものという空気感が漂っています。
ブラフマーはこのプシュパカをクヴェーラに与えました。
クヴェーラがプシュパカで移動すると、宝石の雨が降ってくると言われたそうです。
噂を聞きつけた人々が集まったことでしょうね。
クヴェーラの別名
お寺などに寄附することを【お布施】と言いますが、梵語で布施を意味する【ダーナ】から転じたと思われる【ダナパティ】という別名を持っています。
またヤクシャ族の王を意味する【ヤクシャラージャ】とも呼ばれるそうです。
【富と財宝の神】については前述のとおりです。
仏教名
インド神話の他の神々と同様、クヴェーラも仏教に取り入れられて呼び名が変わりました。
仏陀を守る四天王の一人で北方の守護神とされる多聞天または毘沙門天となったのです。
毘沙門天像は、鎧甲冑を身につけ、怒りの表情で餓鬼を踏みしめるという荒々しい武将のような姿で表現されることが多く、でっぷりとしたクヴェーラとは全く異なる姿です。
正に武神、軍神と呼ぶにふさわしい姿です。
日本では、特に戦国時代毘沙門天信仰が広がりました。
有名なところでは上杉謙信が自らを毘沙門天の生まれ変わりであると称し、篤く信仰していたと言います。
10年ほど前のNHK大河ドラマ『風林火山』でもGackt 演じる上杉謙信が、側近が鼻白むほど熱く毘沙門天を敬っていたシーンがたくさんありましたね。
また上杉謙信は軍旗として【毘】の一文字の旗を使用していましたが、言うまでもなく毘沙門天の一字をもらったものと思われます。
ちなみに毘沙門天は七福神の一人にも数えられていますが、こちらが本来のクヴェーラの性質に近いのではないでしょうか?
武神としての扱いですが、元々七福神は人間に幸福を授ける神として信仰されてきたものです。
毘沙門天も同じ仲間ですし、富の神にあやかろうと【財産を増やしたい】【目標を成就させたい】などを願う人が多いそうです。
毘沙門天の他に四天王としての多聞天という名前もありますが、これは【大勢の人々の声を聞き取る】という意味が由来になっています。
四天王とは持国天(東の守護神)増長天(南の守護神)広目天(西の守護神)多聞天です。
それぞれが四方の守護神とされ、多聞天は北方の守護神となっています。
四天王像
日本には有名な四天王像が多くありますか、特に有名なのは東大寺戒壇院の四天王像でしょう。
奈良時代に造られた塑造製の像で、国宝に指定されています。
持国天と増長天が憤怒の表情なのに対し、広目天と多聞天は無表情で、逆に怖いと言う人もいるとか。
でもそこがいい!という人もいるそうです。
東大寺からちょっと離れていますし、有料なので見学者も少ないらしいのですが、ゆっくり四天王を鑑賞したい方には良い場所かも知れませんね。
大阪には四天王寺があります。
これは飛鳥時代、少年だった厩戸王子(聖徳太子)が物部氏との戦いの際、四天王に祈り、そのご加護で勝利したので、お礼として建立したという由来のお寺です。
東大寺より知名度は低いようですが、こちらもいい雰囲気ですよ。
神になった努力家
さてクヴェーラは富と財宝の神と呼ばれますが、その地位は天から与えられたものではなく、彼自身の努力の成果と言われています。
クヴェーラはヤクシャの王ですから、ヴェーダ時代には忌み嫌われる邪悪な存在でした。
しかし数千年にも及んだ苦行に耐えぬき、創造神ブラフマーにその強い意志を認められ、神となることができました。
神としての地位と富を得て、不死となったのです。
おまけに乗り物で紹介したプシュパカをブラフマーから頂いたのです。
まさに忍耐が稔ったと言えるでしょう。
しかしこの成功談でクヴェーラのエピソードは終わりではありません。
ブラフマーから授かったプシュパカは同族である羅刹王ラーヴァナに横取りされてしまいます。
それだけではありません。
本拠地としていたランカー島までもラーヴァナが取ったので、クヴェーラはカイラス山に移動(と言うより、退却と言った方がぴったりします)せざるを得ませんでした。
このようなエピソードから考えるとクヴェーラは戦闘向きな神様ではなかったようですね。
富の神が戦ったら、富が逃げていくような気もしますが。
カイラス山はヒマラヤ山脈の中でも北に位置しています。
仏教で【北の護神】多聞天に変化したのはここに住むようになったからとも言われています。
エンタメ世界でのクヴェーラ
『聖伝』CLAMP原作
またまた登場した聖伝。
インド神話、仏教、ヒンディー教などなどが交わった世界を舞台にしたこの漫画にクヴェーラ=毘沙門天で登場しないわけはありません。
諸悪の根源とも言える敵キャラ帝釈天に仕える四天王の一人が毘沙門天です。
美形で、武術に優れ、冷徹ではあるけれど主君に忠誠を尽くす…CLAMPの華麗なデザインもあって人気のあるキャラクターでした。
実は毘沙門天は、元主君でもある先帝の娘吉祥天を愛していたため、彼女を妻にもらうことを条件で帝釈天に従っていたのでした。
人質として妻にされたと思っていた吉祥天も内心では毘沙門天に惹かれていたのですが、二人の心はすれ違いのまま、やっと通じたときは二人の死の直前でした。
クヴェーラ|毘沙門天と同一視される富と財宝を表す財布の神 まとめ
忌み嫌われる存在から、長い年月の厳しい修行を経て、神の仲間入りをしたクヴェーラ。
サクセスストーリーで終わりではなく、その後も苦労したというところにシンパシィを感じる方もいらっしゃるのでは?
日本には東大寺戒壇院に限らず、四天王像が多くあります。
そのなかの多聞天を見る人が、少しでもオリジナルであるクヴェーラの運命に思いを馳せてくれればいいなと思います。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
マイベスト漫画は何と言っても山岸凉子の『日出処の天子』連載初回に心臓わしづかみにされました。
「なんでなんで聖徳太子が、1万円札が、こんな妖しい美少年に!?」などと興奮しつつ毎月雑誌を購入して読みふけりました。
(当時の万札は聖徳太子だったのですよ、念のため)
もともと歴史が好きだったので、興味は日本史からシルクロード、三国志、ヨーロッパ、世界史へと展開。 その流れでギリシャ神話にもドはまりして、本やら漫画を集めたり…それが今に役立ってるのかな?と思ってます。
現在、欠かさず読んでいるのが『龍帥の翼』。 司馬遼太郎の『項羽と劉邦』は有名ですが、劉邦の軍師となった張良が主役の漫画です。 頭が切れるのに、病弱で美形という少女漫画のようなキャラですが、史実ですからね。
マニアックな人間ですが、これからもよろしくお願いします。