聖書における人類の始まりはアダムとイヴでした。

ギリシャ神話では大母神ガイアと天空の神ウラヌスとされています。

そして日本神話における人間の始まりとなったのはイザナギとイザナミでした。

 

日本の国土を作り、人類の始祖となった兄妹の神

イザナミ(モンスト)イザナギ、イザナミは日本の最初の正史とされる『古事記』の冒頭部分に登場します。

詳しく言うと、その中の【神世33代】の最終部分に登場する兄妹神であり、夫婦となった神々でもあります。

彼らが登場したとき、この世界はどろどろと流動的でした。

この世界をきちんとした形に整えたあと、その自分が作り固めた土地に降り立ち、数多くの神々や国土を生みだしたという、神話上非常に重要な神々です。

二柱の神の名前に「イザナ」という言葉が共通していますが、「誘う(いざなう)」に通じる言葉とされ、「キ」は男性を表して「ミ」は女性を表していると言われます。

もしくは、穏やかな海を意味するナギ(凪)と海面に立つナミ(波)という対比する概念を表すという説もあるそうです。

この二人の神の親である神が誰なのか、『古事記』では明らかにされていません。

しかし、『古事記』以後に編纂された正史『日本書紀』には、於母陀流神(おもだるのかみ)、阿夜訶志古泥神(あやかしこねのかみ)の二柱を父母として生まれたとはっきりと記載されています。

イザナギとイザナミは、記紀の中でもきわめて大きな力を持つ神とされる三貴子(天照大御神、月読命、須佐之男命の3神)の両親としても知られています。

その理由から江戸時代には二神を主祭神とする滋賀県の多賀大社詣でが盛んになり、伊勢神宮へ参詣するお伊勢参り以上に重要視されていたと言われています。

しかし現在では、2神いずれも神としての仕事を終えて幽宮(かくりのみや)に引退したと伝われています。

幽宮とは神霊が人間の前に姿を現すことなく、永久に留まる場所と言われています。

 

イザナギは出雲(島根県)に近い比婆山、または熊野の有馬村に葬られたと言われています。

妻であるイザナミは、近江(滋賀県)または淡路島の多賀に葬られたと言われ、いくつかゆかりの神社があるそうです。

夫婦神なのに同じ場所に葬られていないのはなぜ?

と思った方もいらっしゃるでしょうね。

それについてはこの文章を読み進めていくと納得していただけると思います。

 

国生み ~天沼矛~

天沼矛イザナギ、イザナミの2柱の兄妹神には重要な使命がありました。

つまり【人間世界を作る】ということです。

「ふわふわと漂っている土を整地して、しっかり固めなさい」という命を受け、与えられた天沼矛(あめのぬぼこ=大きい矛)を使って国土を作り始めました。

最初に二神は、天と地との間に浮かぶ天浮橋に立ちました。

そこから天沼矛を下ろしてドロドロとしている海水を「こをろこをろ」とかきまわしたのです。

棒でどろどろとしたものをかき混ぜるというと、個人的には昔あったお菓子【ねるねるねーるね】を連想します(古いネタです)。

魔女の格好をした女性が「ねるねるねるねは、ねーるね」と言いながら小さな棒でゼリー?ガムをかき混ぜるCMが人気でした。

混ぜた後矛を引きあげると、その先端から塩がぽたぽたと滴り落ち、次第に積み重なっていき、島を形作ったのです。

これが最初の日本の国土、淤能碁呂島【おのごろじま】と言われています。

 

結婚 ~口説き文句は男から~

イザナギ零(モンスト)さて最初の土地(淤能碁呂島)を作った二神はそこに下り立ちました。

2神はまず天之御柱(巨大な柱)を立て、八尋殿(二神の住居と思われる宮殿)を建てました。

新居を作った男女が次にすることは決まってますよね。

イザナギとイザナミはこんな会話を始めました。

「おまえの体は、どんなふうにできているんだ」とイザナギが問いかけました。

よく考えると「質問の意味がわかんなーい」と今どきの女子に言われそうですが、イザナミは素直に体の作りを聞かれたとわかり、

「私の体は整いましたが、一箇所整わないところがあります」と答えます。

で待ってましたとばかりイザナギは

「私の体も整ったが、一箇所余ったところがある。だから私の体の余ったところで、おまえの整わないところをふさいで、国を生もうと思う」と言います。

またまた素直なイザナミは了解します。

「わかりました」

やったーと内心大喜び(だったかも知れない)のイザナギは

「では、私とおまえとで、この天之御柱を回って一緒になったところで美斗能麻具波比(みとのまぐわひ)をしよう」と誘いました。

麻具波比(まぐわひ)とは、セックスのことです。

昔の書物などにも【まぐわい=セックス】という意味で登場しますね。

「麻」とは「眼」の表音文字で「眼を交わす」つまり見つめ合うというのが、もともとの意味とされています。

見つめあーう 視線の レーザービームで~♪

なんて流行歌が昔ありましたが、古代は目と目が合うのが男女関係の始まりを意味していたようです。

イザナギはセックスを始める前にも注文を付けます。

「おまえは右から回れ、自分は左から回って逢おう」と約束して柱を回りました。

二人出会うと、イザナミが先に「ああ、なんていい男なんでしょう=超イケメン♪」と言い、イザナギは「ああ、なんていい女なんだ=イケてる女」と応じ、その後兄妹は交わったそうです。

現代でも誘うのは男性から-と希望する女性は多いようですが、その始まりは原始のこの二人立ったのかも知れませんね。

 

最初の子ども

イザナミ(ペルソナ4)目出度く結ばれたイザナギとイザナミ。

やがてイザナミは出産します。

最初に生まれたのは、身体がまだ完成していない水蛭子(ヒルコ)と淡島でした。

これはきっと良くない印に違いないと考えた2神は、水蛭子を葦船に乗せて流し(最初の子捨てですね)、天神にお伺いを立てました。

ちなみに淡島は捨てられることなく、手元で育てられたそうです。

淡島=粟島ということで、農産物に関係した場所ではないかと考えられています。

『古事記』によるとこの時2神は「布斗麻邇【ふとまに】」をしたと書いてあります。

要するに占いですね。

占いの結果「女が先に言葉をかけたのが良くない。だから最初から、男から言葉をかけるように改めてやり直しなさい」という神託を得たのです。

2神はこの神託に従って改めて天之御柱を回り、イザナギが「ああ、なんていい女なんだ」と言い、その後、イザナミが「ああ、なんていい男なんでしょう」と言って再び交わったのです。

これで正式な神の婚姻が成立し、その結果、淡道之穂之狭別島(淡路島)、伊予之二名島(四国)、隠伎之三子島(隠岐)をはじめとする八島や、多くの小島が生まれました。

これらの八島を特に大八島国と呼びますが、これが日本列島なのです。

 

次は神生み

神生み人が生活する基盤=国土作りが終わると、次はそこに住む人(この場合は神々)を生まなければなりません。

そうして、いわゆる八百万(やおよろず)の神々が誕生することになるのです。

最初に生まれたのは、大事忍男神(おおごとおしおのかみ)でした。

名前からしてなんだこりゃですが、両親であるイザナギとイザナミが大仕事=国生みを終わした後に、生まれた神という意味なんだそうです。

この大事忍男神を皮切りにイザナギとイザナミの間には次々と神が生まれていきます。

山の神、海の神、木の神、風の神などなど…

一昔前の多くの日本人は「米一粒にも神様がいる」という考えを持っていましたが、森羅万象全てに神が存在するといういわゆる八百万神の考え方はここから発しているように思われます。

さて、イザナギとイザナミの子神は多すぎるので割愛しますが(二人が生んだ島は14、神は35柱)一番重要なのは母であるイザナミの命を奪った子ども火之夜芸速男神(火之炫毘古神/火之迦具土神)でしょう。

火之夜芸速男神(ひのやぎはやおのかみ)火之炫毘古神(ひのかがびきのかみ)火之迦具土神(ひのかぐつち)は同一神ですが、名前の通り、火の神様です。

この神を生んだとき、イザナミは陰部(子宮?)を焼かれ、大やけどをしてしまい、遂には【神避る=かむさかる】死んでしまったのでした。

神も死ぬのか-と思われる方もいらっしゃるでしょうが、ギリシャ神話の神も死にますから、そんなものだと思ってください。

 

イザナギ、黄泉へ押し掛ける

爆絶黄泉(モンスト)火之迦具土神を生んだことで大火傷を負ったイザナミは、イザナギの祈りも空しくついに死んでしまいました。

「最愛の妻の命をたった一人の子どもと引き換えに失ってしまうとは」といってイザナギは枕元に伏して号泣しました。

するとその涙から泣沢女神(なきさわめ)が生まれました。

さて死んでしまったイザナミは出雲国と伯伎国の境にある比婆之山に葬られたと伝えられています。

しかし、一説にはイザナミの墓は、三重県熊野市にあるとも言われています。

世界遺産に登録された花の窟神社が現在そこにあります。

イザナギは妻に死んだ原因である迦具土神に怒り狂い、十拳剣を抜いてその首を斬ってしまいました。

相手は一応、自分の血を分けた息子なんですが…

するとこの剣についた血がまたまた多くの神々を生み出したのです。

イザナギはイザナミを諦めきれず、黄泉へと下っていき、「私と一緒に葦原中国(この世)へ戻ってほしい」と懇願します。

ところが、イザナミは既に黄泉で食べ物を口にしてしまった後だったので葦原中国には戻れることができなくなっていました。

それでもイザナギの懇願と、自分もこの世に未練があったためでしょう、なんとかイザナギのもとへ戻る方法はないかと、黄泉の神に相談してみることになりました。

ここでイザナギの祈りは1つ条件を出します黄泉神との相談が終わるまでは「絶対に私の姿を見ないでください」と、イザナギに頼んだのです。

亡き妻を追ってあの世へ行く…

ギリシャ神話のオルフェウスのエピソードを連想させますね。

また、黄泉の食べ物を口にしたからこの世には戻れない…

というのもギリシャ神話のハデスペルセポネを思い出させます。

ところで「見ないで」と頼まれてそれを守る男がいたためしがない-というのは日本人は『鶴の恩返し』でおなじみですよね。

 

イザナミの怒りと悲しみ

イザナミ廻(モンスト)地上に戻りたいというイザナミと許すことはできないという黄泉神との相談は長い時間かかっていました。

じりじりと焦り、待ちきれなくなったイザナギは、髪に挿してあった櫛の歯を1本折ると、火をともしてあたりを見わたしました。

黄泉の国は漆黒の世界と言われています。

その中になにやら浮かび上がるものが目に入りました。

それは腐り崩れたイザナギの姿でした。

おそらく腐乱死体と化していたのでしょう。

変わり果てた妻の姿を見たイザナギは恐怖と驚きで一目散にその場から逃げようとしたのです。

夫のもとに帰ろうと必死だったイザナミは「私に恥をかかせたな」と激怒すると、鬼女に夫のあとを追わせました。

イザナギが黒い縵(髪飾り)を取って投げると葡萄の実が生ったので、鬼女はそれを食べるのに夢中になり、追跡の手が少し弛みました。

その間にイザナギは逃げ進んだのですが、食べ終わった鬼女はなおも追いかけて来ます。

この次は櫛を引っかいて投げ捨てると筍が生えてきました。

またまた鬼女がこれを抜いて食べている間にイザナギは距離を稼ぎました。

鬼女は食べることのみに集中する存在だったようですね。

十拳剣そうしているうちに黄泉の軍勢までもが自分を追いかけてきたので、イザナギは十拳剣(とつかのつるぎ)を抜き、追っ手を振り払いながら逃げました。

ようやくこの世とあの世の境である黄泉比良坂にたどり着いたイザナギはその坂に生っていた桃の実を取って投げつけました。

すると、鬼女たちはことごとく逃げ帰っていったのです。

【桃には魔除けの力がある】というのはここから来ているのかも知れませんね。

鬼女達の報告を聞いたのでしょう、最後にイザナミ自らが追いかけてきました。

2神は千引石(境の石という意味があるそうです)を挟んで言葉を交わしました。

怒りに震えるイザナミは「私はあなたの国の人々を1日に1,000人絞め殺してあげましょう」と言います。

イザナギは「おまえがそうするなら、私は1日に1,500の産屋を建てよう=子どもを作ろう」と言い返します。

それ以来、この世界では1日に1,000人死んでも、1日に1,500人生まれるので、人間は死に絶えないと言われているのです。

 

イザナギとイザナミ~国を生む天沼矛と黄泉の軍勢を切り刻む十拳剣~ まとめ

日本史上初の夫婦ゲンカと言われるイザナギ、イザナミのエピソードでした。

二人の墓所と呼ばれるものが同じ場所にないという理由がおわかりいただけたかと思います。

それにしても、世界の神話には共通点が多いですね。