日本神話における最大の女神である天照大御神(あまてらすおおみかみ)
読み方は知らなくても、床の間の掛け軸にこんな名前が書いてあるな…なんて記憶をお持ちの方もいらっしゃると思います。
筆者の同級生は授業で「てんてるだいじん」と読み、教師に叱られていました。
今回は名前は知っているけど、果たしてどんな神様だったんだろう?とちょっとミステリアスな女神を紹介します。
天照大御神とは?
では、そもそも天照大御神とは一体どんな神なのでしょうか?
一般的には【高天原の主神にして天皇家の祖神】とされています。
神社の総元締めである三重県の伊勢神宮の内宮に祀られていることはご存じですよね。
今や、パワースポットとして外国の観光客にも大人気になっています。
日本列島を作り出したイザナギ、イザナミの2神は有名ですが、妻イザナミを追って死の国に行ったはいいものの、腐乱しかけた彼女を見てイザナギは逃げ帰ってしまいました。
そして「ああ、汚らしいところに行ってしまった。清めなくては」と禊ぎをしたのですが、左目をすすいだときに天照大御神が生まれたとされています。
同時に右の目を洗うと月読命が誕生し、鼻を洗ったら須佐之男命が誕生したそうです。
この3姉弟は【三貴子】と称され、日本神話上、非常に重要な位置を占める神々なのです。
そしてイザナギは3姉弟それぞれに統治する国を与えました。
高天原の統治者
イザナギは長女である天照大御神に、自分の首飾りの玉を与え、高天原を治めるように命じました。
この場合は【玉=魂】ということで、父イザナギは、自分の魂を天照大御神に授けたということになります。
それほど信頼していたということでしょう。
あるいは天照大御神がそれほどの高貴な神だったという証拠かも知れません。
ちなみにこの玉には名前があって【ミクラタナの神=御倉板挙之神】と言うそうです。
神様の食事となる稲をしまっておく倉の棚の神という意味らしいのですが、首飾りにも神がいると言うことで、より一層天照大御神にとっては“箔付け”になったのではないでしょうか?
さて高天原の統治者となった天照大御神ですが、何をしたかと言われても【ほとんど実権がない】統治者だったようです。
後に紹介しますが、側近には知恵者の思金神もいましたし、ボディガードのような力持ちの神もいました。名前だけのリーダーだったのではないかという説もあります。
おそらく、表向きは高貴な生まれですし、カリスマとしては強大な存在感はあったのでしょう。
しかし、実のところ彼女の背後には実質的な統治者がいたと思われます。
天照大御神は太陽神とされていますが、世界的に見ても女性が太陽神であるケースは他にはありません。
ギリシャ神話のアポロン、北欧神話のバルドルなどは太陽神ですが、両人とも男性神です。
このことを考えると元々は男神であった太陽神が封印され、その代わりに太陽神を祀っていた巫女あたりが天照大御神として神格化されたのではないかという可能性が考えられるのです。
天照大御神激怒する
姉が高天原の統治者となり、自分は海を治めるようにとイザナギに命じられた弟の須佐之男命(すさのおのみこと)でしたが、何が嫌なのか、海には行こうとせずだだをこね、あげくには「母親のいる根の国=死の国に行きたい」と言い張り暴れる始末。
この辺は『ドラえもん』のジャイアンを連想してしまいます。
息子のわがままに怒ったイザナギは「だったら、おまえは神の国に住んではいけない」と追放したのです。
追放されたことをむしろ須佐之男命は喜んでいたようです。
「メンドイ神々のいる所より、人間達の世界の方が気を使わなくて楽しそうだ」と思ったのかも知れません。
と言いながらも、たった一人の姉に挨拶してから行こうと高天原にやって来ました。
須佐之男命がやって来ると聞いた天照大御神ですが、弟の乱暴さ(凶暴さ)をよく知るが故に、弟は自分と追い落とそうとやって来るのかも知れない-と疑心暗鬼に襲われ、なんと武装して迎えたのです。
弟はびっくり。
懸命に自分の心情を主張するのですが、天照大御神は聞き入れません。
この頑固さもミステリーなところですね。
なかなか話し合いが着かないので、「では、誓約(占い)によってお互いに自分の心の潔白を証明しましょう」ということになったのでした。
須佐之男命は天照大御神が身につけている飾りの玉を借りて息を吹きかけるなどすると3柱の女神が誕生し、天照大御神が須佐之男命の剣を折り、息を吹きかけると5柱の男神が誕生したと言われています。
この結果「私の心が清いから、たおやかな女神が誕生したのだ」という須佐之男命の言い分が認められたのでした。
自分の身の潔白が証明されたら、サッサと人間界に行けばいいのに…と思うんですが、須佐之男命は高天原が気に行ったのが、なかなか腰を上げようとしません。
それどころか、好き勝手なことをし始めたのです。
せっかく整えた田の畔を壊したり、その溝を埋めたり、天照大御神が神聖な食事をする御殿にはなんと、糞をまき散らすなど、子どもじみた蛮行を繰り返したのです。
最初のうち天照大御神は弟の野蛮な行動を大目に見て、文句を言う部下達をなだめる側でした。
一説にはカワイイ弟に甘い姉というわけではなく、弟神の挑発に乗らないように我慢をしていたとも言われています。
だとすると、「弟は私の座を奪おうとしている」という天照大御神の勘もあながち間違えではなかったということでしょうか。
天斑馬を投げ入れる
須佐之男命の乱行は収まるどころか、ますます過激なものになっていきました。
そしてあるとき姉神を激怒させる決定的なことを引き起こしてしまったのです。
天照大御神は侍女達に神衣を織らせていました。
天照大御神の侍女に選ばれるほどですから、若くて美人揃いだったのでしょう。
若い男子である須佐之男命は興味津々で中を覗いたのかも知れません。
一生懸命仕事に取り組む美女達の姿に、いたずら心をくすぐられたのか、はたまた自分といういい男がそばにいるのに見向きもしない美女達にカッとしたのか…須佐之男命はその機屋の屋根に穴を開けると、天斑馬【あめのぶちこま=様々な色が混ざった天の馬】の皮を尻尾から剥ぎ取って、投げ入れたのです。
織女はこれを見て驚きました。
神の聖なる仕事場に血生臭い生皮が落ちてきたのです。
動転した女は梭(ひ=機織りの道具)で自分の陰部を刺し、死んでしまったのでした。
多分びっくりして転げ落ちてしまい、運の悪いことに突き刺さってしまったのだと思われます。
さすがにこの暴挙には温厚な天照大御神も怒り、天石屋戸に閉じこもってしまったのです。
こんな酷いことをする前に注意なり、叱責なりしておけば良かったのに…と思うのは筆者だけではないでしょう。
何をしても怒られない-と天照大御神を甘く見くびった須佐之男命の思い上がりが原因だったのでしょう。
天石屋戸
弟の仕業に怒り、人前から姿を隠した天照大御神。
彼女は太陽神ですから、太陽が隠れたということは、神々が住む高天原も、人間が住む葦原中国も、全てが闇の中ということです。
長い夜が続く世界中では悪神の声が夏の蝿のように満ちあふれ、ありとあらゆる災いが起こり、人々は苦しみました。
人間だけではなく神々も当然困りました。
どうしようかと天安河の河原に集まると、高御産巣日神の子である思金神(おもいかね)に知恵を求めました。
高天原の知恵袋とも言われる思金神の提案は神々に支持され、早速実行に移されることになったのです。
アニメ『機動戦艦ナデシコ』
ちなみに“オモイカネ”と聞くと筆者はちょっと前のアニメ『機動戦艦ナデシコ』を連想します。
ナデシコの中枢コンピュータの名前がオモイカネで、乗組員以上に鋭い頭脳を持ったコンピュータでした。
やはり知恵の固まりのようなイメージが“思金神”にはあるようです。
思金神の作戦
まず、常世の長鳴鳥をたくさん集めて鳴かせます。
堅い石や鉱山の鉄で鍛冶師に矛を作らせたり、大きな鏡や珠なども作らせました。
神とは言え、心配だったのでしょう。
この計画がよこしまなものでないか、天香山の牡鹿の肩の骨を抜いて占わせたと言います。
この結果、正しいことがわかったので、天香山に繁る榊を根ごと掘り出し、その上の枝には珠を、中の枝には鏡を、下の枝には神が依り憑く白い布と青い布を垂らしました。
これを1人の神が持ち、もう1人の神が祝詞を唱えて、それに加えて力持ちと言われる天手力男神(あまのたじからお)が天石屋戸の扉の脇に隠れて時を待っていました。
そして天照大御神を引きずり出すために我が国のダンサー第1号でもある天宇受売命(あめのうずめのみこと)が登場しました。
衣装に襷がけをし、髪を結い、束ねた笹の葉を手にした彼女は天石屋戸に桶を伏せると、足を踏み鳴らしてトランス状態になり、胸もとをはだけ、乳をさらけ出し、あげくには衣装の紐をほどき、陰部まで見えるぐらいまで押し下げて踊ったのです。
このエロチックで滑稽な踊りに、高天原中がどよめき、八百万の神々は全員が大いに笑ったそうです。
天照大御神引きずり出される
天石屋戸に閉じこもっていた天照大御神は、神々が賑やかに笑い、騒ぐのを不審に思いました。
戸をほんの少し細めに開けると「太陽神である私がここに入れば高天原は闇になり、葦原中国も全てが闇であるはずなのに、なぜ天宇受売命が踊って、八百万の神が楽しそうに笑っているのか」と、尋ねたそうです。
自分がいなければ他の者は暗闇で沈んでいるはずだ、なのに-と自分の存在を軽んじられたと思ったのでしょうか。
天宇受売命は「あなた様にも勝る貴い神がいらっしゃるので、みなが喜び笑って楽しく踊っているのです」と天照大御神に回答しました。
この間に、天児屋命と布刀玉命が大きな鏡を差しだして天照大御神に見せたのです。
昔の鏡ですからぼんやりとした影しか映らなかったでしょう。
そして天照大御神は自分の顔が映っているとは知りませんから「このような輝かしい神がいらっしゃったのか」と奇妙に思い、戸から出て、よく見ようと鏡を覗き込みました。
その瞬間、扉の影に隠れていた天手力男神がその手を取って引きずり出し、同時に神の1人は注連縄を後ろに引き渡して「中に戻ってはなりません」と天照大御神を説得したのでした。
逃げ道を塞がれた天照大御神は天石屋戸から出て来ることを承諾しました。
と言うか、いい加減なところで出ようと思っていたのではないかという気がします。
こうして天照大御神がふたたび世界に出てくると、高天原も葦原中国も以前のように照り輝き、明るくなりました。
さて諸悪の根源とも言うべき須佐之男命の処遇ですが、八百万の神は相談して、彼に多くの贖罪の品を負わせ、鬚を切り、手足の爪を抜いて高天原から追放したのでした。
イザナギによって神々の国から追放された須佐之男命が、回り道せずに人間界に行っていればこんな事にはならなかったのでしょうが、わざわざ《天照大御神を天石屋に隠すために》乱行を働いたような感がありますね。
『月読』山岸凉子
筆者愛読の山岸凉子『月読』では、天照大御神と須佐之男命が異常なほど仲が良い(男女関係?)ので、何を言われても「まあまあ」と姉は弟の仕業を許していました。
それに月読は不満を感じていました。
ただし、姉弟の異常な仲は須佐之男命の織女に対する暴挙までで、あまりの所行に見栄っ張りな天照大御神はあっさりと弟を見捨てました。
弟の対する情愛より、自分の権力とプライドを選んだ天照大御神の冷酷さに月読は愕然としたのでした。
天照大御神は殺された?
というわけで、この天石屋戸隠れに関する記述は何を意味しているのか、疑問に感じませんか?
粗筋としては、一度隠れてしまった太陽神が人々の努力(計略)のおかげで再び姿を現すというもので、世界各国の神話によく見られる日蝕神話との関連性が窺われます。
しかし、この場面を須佐之男命という侵略者と、時の統治者である天照大御神との権力闘争の結果として考え直してみると、全く異なる側面が見えてくるのです。
まず、天照大御神の石屋戸引きこもりですが、これは暗に須佐之男命に敗北したということを言っているのかも知れません。
仮にそれが前提になるなら、天照大御神は呼び戻されるべきではなく、むしろより深く封印されるべき神であると言えるでしょう。
そう考えると、このエピソード中の詳細な場面設定や小道具についても、違った意味を帯びてくるのです。
まず、常世の長鳴鳥ですが、これは鶏のことですが、古来より魔物などは、鶏の鳴き声を恐れて退散すると言われています。
つまり、鶏の鳴き声というのは、魔を退けるための呪物なので、これによって神を復活させる(この場合は天照大御神を引っ張り出すことを意味します)とは考えにくいのです。
怪談話では、鶏の鳴き声とともに夜が明けたということで幽霊が消えたというパターンが多いのは、古代からの流れのようですね。
また、笑い、酒宴、玉、鏡なども魔除けの呪具とされています。
そして注連縄ですが、天照大御神を石屋に戻れなくするためではなく、追放された天照大御神そのものを石屋の中に封じるために用いられたという可能性もあるそうです。
天照大御神は殺されて遺体は天石屋に葬られ、復活しないように多くの呪物で厳重に封じられたと言うことなのでしょうか。
このように、いろいろな解釈ができるのも、『古事記』を読む楽しみの一つではないでしょうか。
天石屋戸~天照大御神【アマテラス】と知恵の思金神【オモイカネ】 まとめ
名前は有名ですが、イマイチ正体のつかめない天照大御神。
ここまで書いてきても、筆者にとってもやはり謎です。
イザナギとイザナミは泥をかき回して日本列島を作り出したそうですが、彼らの娘である天照大御神自身も混沌とした存在なのかも知れません。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
マイベスト漫画は何と言っても山岸凉子の『日出処の天子』連載初回に心臓わしづかみにされました。
「なんでなんで聖徳太子が、1万円札が、こんな妖しい美少年に!?」などと興奮しつつ毎月雑誌を購入して読みふけりました。
(当時の万札は聖徳太子だったのですよ、念のため)
もともと歴史が好きだったので、興味は日本史からシルクロード、三国志、ヨーロッパ、世界史へと展開。 その流れでギリシャ神話にもドはまりして、本やら漫画を集めたり…それが今に役立ってるのかな?と思ってます。
現在、欠かさず読んでいるのが『龍帥の翼』。 司馬遼太郎の『項羽と劉邦』は有名ですが、劉邦の軍師となった張良が主役の漫画です。 頭が切れるのに、病弱で美形という少女漫画のようなキャラですが、史実ですからね。
マニアックな人間ですが、これからもよろしくお願いします。