インドの叙事詩『ラーマーヤナ』には主役であるラーマやラクシュマナなど様々なキャラクターが登場し、それぞれに人気があります。
なかには神や人間ではないキャラもいます。
その中でも一番有名で人気があるのが、今回の主役である猿の勇士ハヌマーンです。
ハヌマーン|孫悟空のモデル!?変幻自在のチートキャラ
羅刹王に奪われたラーマの妻シータを取り戻す戦いでラクシュマナと共に大活躍した猿の英雄ハヌマーン。
お猿さんですから、尻尾はとても長く、赤い顔をしています。
種族
ヴァナラと呼ばれる猿の一族に属しています。
風の神ヴァーユから生まれたとされ、怪力と勇気を持つ、友情に篤い英雄。
猿として大変な人気があります。
別名
風神の子を意味する【マルトプトラ】、ランカーを燃やした者の意味の【ランカーダーヒン】という別名を持っています。
マルトプトラに関してはそのままですが、ランカーダーヒンについては後ほど説明しますね。
孫悟空はハヌマーンがモデルなのか?
誰しも一度は聞いたことのある名前でしょう。
(アニメ『ドラゴンボール』の印象の方が強いかも知れませんね)
中国の有名な古典『西遊記』に登場する猿です。
東南アジアの各地では“斉天大聖”と呼ばれて、信仰されています。
玄奘三蔵
『西遊記』については内容を知っている方も多いと思いますので、ここでは元ネタと言うべき史実について少し紹介しましょう。
中国唐の時代、向学心と探求心に燃える若き僧侶玄奘三蔵は密かに天竺=インドへと向かいました。
真剣に仏教を学ぼうとしていた彼には、当時の寺での学習ではわからないことが多すぎて、焦っていたようです。
唐の支配者は二代目の太宗李世民。
巨大な権力を持ち、兄弟を廃して皇帝になったことからもわかるように、恐ろしい人物でもありました。
内乱が収まらない中での外国への出国は禁止されていましたし、禁を犯したことがばれれば本人だけでなく一族にも難が降りかかるかも知れない危険を冒し、玄奘三蔵はインドへ行ったのです。
彼は16年に渡る苦難の末に教典を手に入れ、唐へ戻ります。
その時には玄奘三蔵の才能と胆力を認めた太宗は国禁を破った罪を許し、現在の西安にある大慈恩寺での教典の翻訳事業にも助力したそうです。
西遊記
この玄奘三蔵の旅にお伴をしたのが猿の孫悟空を中心とする猪八戒、沙悟浄の3匹という設定で『西遊記』は生まれました。
様々な絵に描かれる孫悟空の姿は、黄金の肌に赤い顔、長い尻尾など、ハヌマーンの特徴に共通する点が多いので、ハヌマーンの話が中国に伝わり、孫悟空のモデルになったのではないかとも言われているそうです。
ラーマに誓う深い忠誠
ハヌマーンは風神ヴァーユの子と言われていますので、その力のおかげなのか空を飛ぶことができるそうです。
そして、体のサイズも自由自在に変えることができるとか。
小動物(リスやネズミ)から山のような巨大サイズまで変えることができると言われています。
今なら『ラーマーヤナ』で一番のチートキャラ(強い能力を持つ無敵に近い設定のキャラ)と騒がれることでしょう。
ラーマーヤナ
ハヌマーンの活躍シーンは『ラーマーヤナ』でも名シーンと呼ばれる部分です。
例えば、羅刹王ラーヴァナに連れ去られたラーマの妻シータの居場所を探そうと、敵の本拠地ランカー島へ体を小さくして(小動物サイズ)潜り込むシーンとか。
宿敵ラーヴァナを尾行し、シータを発見し、必ず助けが来ますと告げるシーンとか。
ドラマのワンシーンですよね。
また、ランカー島で敵に見つかってしまい、長い尻尾に火をつけられてしまい、巨大化して暴れまくるシーンなど。
とにかくわかりやすくて、スッキリするシーンが多いようです。
ハヌマーンに求められるものがわかるような気がしますね。
さてシータの無事をラーマに告げたハヌマーン。
愛妻を奪われ意気消沈していたラーマは安心したのでしょう。
ハヌマーンに対して「何か礼をしたい。望みは何か」と問いかけますが、彼は「私はあなた樣にお仕えすること以外に、この世に気高い勤めはありません」という忠誠に溢れた言葉を返すのでした。
ハヌマーンの活躍 シータ奪還作戦
さて、ハヌマーンの活躍によってシータの監禁場所がわかりました。
ラーマとラクシュマナ、そして猿の軍勢はランカー島へと軍を進め、羅刹王との最終決戦が始まりました。
ラーマ達の前に立ちはだかったのは、ラーヴァナの息子インドラジットでした。
ラクシュマナの章で紹介したとおり、彼はあの雷帝インドラを倒したことがあるという強力な戦士で、非常に手ごわい相手でした。
魔術に長けたインドラジットは自分の姿を見えなくしたり、空から強力な矢を降り注いだり、縦横無尽に動き、ラーマ軍を苦しめました。
挙げ句には、ラーマの忠実な弟ラクシュマナがインドラジットの矢に当たり、瀕死の重傷を負ってしまったのです。
ラクシュマナも重要な戦士ですから、何とか助けなければなりません。
彼を救うためには、ヒマラヤ山脈のカイラーサ山の薬草を夜明けまでに取って来なければならないというのです。
ここで実際の場所を説明しますと、ラーヴァナと戦っているランカー島は現在のスリランカと言われていますし、ヒマラヤ山脈はインドと中国の国境に存在しています。
時刻は既に夜半を過ぎていますし、この短時間でヒマラヤ山脈とスリランカを往復なんてできっこありません。
しかし、ハヌマーンは諦めませんでした。
「まるで雷のようだ」とも言われる声で叫びながら空を飛び、真っ直ぐにヒマラヤ山脈を目指したのです。
敬愛するラーマの信頼する弟の命がかかっている。
ハヌマーンは眼下遙かに見下ろす景色や夜空を美しいと思うこともなく、ただひたすらに飛びました。
カイラーサ山に到着したハヌマーンでしたが、さてどれが薬草なのかわかりません。
「迷っている暇はない、ええい面倒」とばかり彼はカイラーサ山の頂ごと持ち帰ることにしたのです。
確かにこの方が手っ取り早くはありますが、何とも大ざっぱなやり方ですね。
巨大なハヌマーンがカイラーサ山を抱えて飛ぶ姿は、人気があり、絵のモチーフや映像作品などには必ず取り入れられると言います。
空を飛ぶ猿が山を運んでいるというのは子どもたちにも喜ばれそうですね。
こうやって薬草をラクシュマナの元に運んだハヌマーン。
彼の迅速な行動でラクシュマナは一命をとりとめました。
ハヌマーンとラクシュマナの活躍もあり、シータは無事にラーマの元に帰ることができたのです。
ハヌマーン・ジャヤンティ 不死になった人気者
ハヌマーンはラーマによって不死の命を得ることになりました。
神となったわけです。
『ラーマーヤナ』でのハヌマーンは、いつも自分以外の誰かのためにあれこれと走り回っています。
ラーマに忠誠を尽くし、ラクシュマナを救うため一晩中、空を駆けたり…言わば“見返りを求めずに人助けをするヒーロー”と言えましょう。
そんなハヌマーンの行動は人々の心に強く響いたのでしょう。
インドだけではなく、東南アジアでも人気のキャラクターとなりました。
インドには現在もハヌマーンに関係する寺院や祠などがあります。
【ハヌマーン・ジャヤンティ】と呼ばれるハヌマーンの生誕祭が3月~4月(チャントラ月と呼ばれます)に盛大に開催されるそうです。
また、インド以外の国でも、ハヌマーンに関する遺跡は多く、カンボジアやインドネシアでは彫り絵が残る遺跡があったり、人々に人気の人形劇や舞踏などの伝統芸能にその影響が窺えると言われています。
エンタメ世界のハヌマーン
『西遊記』については前述したので、別のものを紹介します。
『ドラゴンボール』鳥山明
日本中、いや世界でも大人気の長編漫画です。
言うまでもなく主人公の名前は孫悟空ですね。
何回もアニメ化され、テレビだけではなく映画でも人気を博しました。
実写版としてアメリカで制作された映画もありましたが、ファンにとっては不満の残るものだったらしいです。
テレビアニメでは初期の頃、尻尾の付いた猿だった悟空が満月の夜に巨大化して大暴れするシーンもありましたが、ハヌマーンが尻尾に火をつけられて大暴れしたというエピソードを連想させるものでした。
また、悟空も仲間を大切にしています。
ずっと一緒に戦ってきたクリリンをフリーザに殺され、激怒したシーンは鬼気迫るものがありました。
これもラクシュマナのために、夜を徹してヒマラヤまで飛んだハヌマーンの姿にタブるように感じます。
『最遊記』峰倉かずや
人間と妖怪が共存するという桃源郷が舞台です。
本編の西遊記にも登場する牛魔王を蘇生させようとする“負”の波動により妖怪達が暴走し始めたため、観世音菩薩は玄奘三蔵に孫悟空、沙悟浄、猪八戒を連れて西へ行き、牛魔王蘇生を指しさせようとするのでした。
時代背景は中国ですが、玄奘三蔵がヘビースモーカーでピストルをぶっぱなしたり、仲間達がジープで砂漠を横断したりと、どことも知らぬ想像の世界で悟空達が活躍する妖怪や魑魅魍魎がうずまく異世界の冒険譚といったところでしょうか。
作者は1978年(昭和53年)のテレビドラマ『西遊記』に夢中になっていたことから、じぶんもいつか書いてみたいと思っていたとか。
このドラマでは玄奘三蔵を人気女優夏目雅子が演じたことでも話題になりました。
ちなみに『最遊記』のキャラ設定は悟空以外は成人男性で、しかもなかなかの美形なので【ビジュアル系西遊記】と呼ばれているそうです。
アニメ化もされています。
ハヌマーン まとめ
多種多様なすぐれた能力を持ち(チートキャラと呼ばれる理由)仲間を信じ、仲間のために自分を省みず行動する誇り高い心の持ち主ハヌマーン。
彼は『ラーマーヤナ』だけではなく、世界中のヒーローに通じるキャラクターではないでしょうか。
だからこそ、神話に登場する、言わば架空のキャラなのに、現在も多くの人々から慕われる理由だと思います。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
マイベスト漫画は何と言っても山岸凉子の『日出処の天子』連載初回に心臓わしづかみにされました。
「なんでなんで聖徳太子が、1万円札が、こんな妖しい美少年に!?」などと興奮しつつ毎月雑誌を購入して読みふけりました。
(当時の万札は聖徳太子だったのですよ、念のため)
もともと歴史が好きだったので、興味は日本史からシルクロード、三国志、ヨーロッパ、世界史へと展開。 その流れでギリシャ神話にもドはまりして、本やら漫画を集めたり…それが今に役立ってるのかな?と思ってます。
現在、欠かさず読んでいるのが『龍帥の翼』。 司馬遼太郎の『項羽と劉邦』は有名ですが、劉邦の軍師となった張良が主役の漫画です。 頭が切れるのに、病弱で美形という少女漫画のようなキャラですが、史実ですからね。
マニアックな人間ですが、これからもよろしくお願いします。