インド神話の神を絵にすると、華やかな色彩が多くなりますが、特に大半が赤で描かれるのがアグニです。
それもそのはず、アグニは【火天】とも呼ばれる火の神様なのです。
そもそもサンスクリット語では【アグニ】とは【火】を意味する言葉です。
そんな火の神アグニが今回の主役です。
アグニとは?
古代インドでは、バラモン教の神々の一人として、雷神インドラと同じように信仰されてきた火の神です。
ちなみに聖典『リグ・ヴェーダ』の中で一番多いのがインドラ賛歌ですが、アグニ賛歌はそれに次ぐ多くの数があります。
人々に慕われた神だったのでしょう。
儀式で使う火のみならず、家庭で煮炊きに利用する火など、アグニは全ての火とされていました。
ギリシャ神話で言えば、ゼウスの姉ヘスティアといったところでしょうか。
ただし、ヘスティアは特に目立ったエピソードのない女神でした。
アグニは彼女と比べるととてもアグレッシブな神です。
また、儀式に使う火となって捧げられた品々を燃やすアグニは、人間から神々への願いなどを伝える橋渡しをくれる神でもありました。
ブラフマーの作った蓮華から生まれたという説や、石や太陽から生まれたという説もあり、アグニの両親については不明です。
輝く車、牡羊
アグニは輝く車に乗っていると言われています。
火の神ですから、自分自身が輝いていて、乗り物も輝いていると思われたのかも知れませんね。
また、コロコロと太った赤い牡羊に乗る姿で絵などには描かれるようです。
ギー(バター)
牛乳から作られたバターに似ている食用の油のことで、火を灯すためにも使われるそうです。
インドの寺院に行くとお香だけではなく、何か燃えるような臭いがするそうですが、これはギーを燃やしている臭いだとか。
アグニの大好物と言われ、彼が持つ7枚もの舌は器に入ったギーを全部舐めてしまうためなのだと言われています。
アグニの別名
火の神というのは言うまでもないことですが、“普遍的な者”を意味する【ヴァイシュヴァーナラ】や“世界の8方向の守護神”である【八大世界守護神】などとも呼ばれています。
アグニが守るのは東南の方角とされています。またバラモン教三大神とも呼ばれることがあるそうです。
仏教名
アグニ神は密教に取り入れられ、【十二天】の一人とされるようになりました。
そこで火天(火仙、火神、火光尊とも)として守護神の役割を果たしたと言われています。
全ての火がアグニ
ラテン語で火はignis、英語ではignitionと言いますが、アグニはその語源です。
太古、人々はかまどの火を崇拝していました。
それが起源で“火は全てを浄化する”とされることから、アグニは【悪魔を除く力をもつ清らかな神】として多くの人々に崇拝されていたのです。
別名の【ヴァイシュヴァーナラ】に普遍の者という意味があることがおわかりのように、アグニは全世界に存在すると考えられました。
万人に共通する火は【普遍火(アグニ・ヴァイシュヴァーナラ)】と呼ばれ、暗黒を取り去る光、霊感の光として広く信仰されたのです。
大好物はギー
アグニは黄金の顎と歯を持ち、3つの頭の頭髪は炎と言われています。
前述したように3枚もしく7枚もの舌を持ち、祭祀で火中=自分の中に投げ入れられた供物を味わうそうです。
大食漢とされるアグニが特に好物なのがギー(バター)です。
バターが大好物なら、恰幅良く太るのも当然ですよね。
アグニの絵はかなり太った姿で表現されています。
実は生まれるとすぐに両親を喰い殺したという恐ろしい説もアグニにはあります。
3度生まれたアグニはあまりにも空腹だったため両親を食べ(!)それから舌を伸ばしてギーを舐めたのだとか。
とんでもないエピソードですが、しかしアグニは単に大食いな神だったわけではありません。
その強力なパワーを、他の者を救うために使ったのです。
全てを浄化するとされる火で、魔を焼き払って人々を守りました。
また、かまどの火が起源と言うことから「美味しい料理を作りたかったらアグニに祈りなさい」とも言われているそうです。
容赦なく悪魔を滅す一方では、己を信奉するものをしっかりと保護してくれる神様で、子孫繁栄や家畜増産をもたらしてくれる神とされました。
しかし後代の叙事詩『マハーバーラタ』にはなんとも情けないエピソードがあります。
アグニは供物を食べすぎて消化不良になってしまったのです。
治療のために彼はカーンダヴァの森を焼き払おうとしましたが、雷帝インドラが雨を降らせてアグニの火を消してしまうので、何度やっても森を焼くことができません。
仕方ないのでアグニは英雄アルジュナとその親友クリシュナ(ヴィシュヌの化身)に援助してもらい、やっとのことで森を焼き尽せたので、悩んでいた消化不良も治ったそうです。
大食漢故の暴飲暴食からくるエピソードですが、人間くさくて親しみを感じる話ですね。
このエピソードからの連想でしょうか、アグニが人間の体内に入ると、消化作用を活発にし、栄養を全身に行き渡らせてくれる薬のような存在と思われているようです。
エンタメ世界でのアグニ
アグニは火の神ということもあって、インド神話の中でもエンタメ作品登場率はかなり高い方と言えるのではないでしょうか。
炎を操るキャラクターは、様々な神話に登場しますが、ヒノカグツチ、イフリート、プロメテウス、オグン、祝融などと同様に、今やアグニもレギュラー入りしているように感じますね。
『悪魔城ドラキュラ 蒼月の十字架』
2005年に発売されたニンテンドーDSのアトラクションゲームです。
ダリオの魂と融合してダリオの炎の力を強化させた悪魔。
鏡の中に居るので先に別のボスを倒さないと倒せない(というか戦えない)。
着弾後左右に炎が走る火の玉や上に飛んでいって蒼真(主人公)の居る場所めがけて上からの特攻、蒼真を追いかけてきて鋭い爪を持った手で上から叩きつけてくる(しかもかなり速い)などかなりの強敵。
これを倒した後、鏡の中から戻るとダリオは炎の力を失い、ただのチンピラと成り下がり、恐れをなして逃げていってしまう。
『黒執事』枢やな
原作も、アニメも大ヒットした人気漫画です。
ここに登場するのがインドから来た執事アグニです。
ヴィクトリア女王統治下のイギリス。
主人公黒執事セバスチャンとその主人シエルの友人となったインドの藩王王子ソーマの付き人として、ソーマに忠誠を捧げる人物です。
主人を守って死んでいった彼は“執事の鑑”とセバスチャンに賛美されました。
『アグニの神』芥川龍之介
『蜘蛛の糸』などの小説でも有名な芥川龍之介が大正10年に発表した短編小説です。
当時、列強に支配され混乱していた中国上海を舞台にしたエキゾチックな小説で、誘拐されたらしい日本人少女にアグニの神を乗り移らせて占いをさせ、大金をせしめようとする老婆、上司の命令で少女を救い出そうと奔走する日本人遠藤などが登場する話です。
神が降りた振りをして、老婆に少女を帰させようとする遠藤でしたが、老婆は「神が乗り移った振りをするな」と怒り、「自分を帰すように」と神の言葉を告げる少女を殺そうとします。
遠藤が動く前に、老婆は自分で自分の胸を刺して死にました。
目が覚めた少女は老婆の死に「あなたが?」と尋ねるのですが、遠藤は「アグニの神がやった」と断言するのでした。
アグニ まとめ
実はアグニとはインドの弾道ミサイルの名前です。
火の神の名を持つ超強力なミサイルということなのでしょうが、元々のアグニ神は人々を守り、救うという顔も持っていました。
それを考えると、膨大な人間を殺傷するミサイルにこの神の名前がついているのが、とても残念だなあと感じます。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
マイベスト漫画は何と言っても山岸凉子の『日出処の天子』連載初回に心臓わしづかみにされました。
「なんでなんで聖徳太子が、1万円札が、こんな妖しい美少年に!?」などと興奮しつつ毎月雑誌を購入して読みふけりました。
(当時の万札は聖徳太子だったのですよ、念のため)
もともと歴史が好きだったので、興味は日本史からシルクロード、三国志、ヨーロッパ、世界史へと展開。 その流れでギリシャ神話にもドはまりして、本やら漫画を集めたり…それが今に役立ってるのかな?と思ってます。
現在、欠かさず読んでいるのが『龍帥の翼』。 司馬遼太郎の『項羽と劉邦』は有名ですが、劉邦の軍師となった張良が主役の漫画です。 頭が切れるのに、病弱で美形という少女漫画のようなキャラですが、史実ですからね。
マニアックな人間ですが、これからもよろしくお願いします。