実の兄を殺したということで評判の悪いセトが今回の主役です。同じ両親(ゲブとヌト)の元に生まれながら、先に生まれたというだけで、玉座を継ぎ、権力を手にした兄。行政手腕も勝れ、穏やかな性格とあっては人々に敬愛されないはずはありません。そんなオシリスを側で見てきたセトはなぜ兄を殺すほど憎んだのでしょう。
セトとは?
大地の神ゲブを父に天空の神ヌトを母に持つセトは、オシリスやイシス、ネフティスとは同母の兄妹となります。オシリスの次に生まれた次男です。
動物の頭を持つ、人間の男性の体の暴風神とされ、不毛の砂漠や戦争などの人間に害を及ぼす“悪しきもの”を神格化した神と言われていました。
兄オシリスを殺し王位を奪ったエジプト神話では有名な悪逆行為により、“悪神”と見なされていますが、その反面、太陽の守護者という顔も持っていて、巨大な毒蛇アポピスから太陽を守る役目も担っているそうです。このエピソードから想像できるように、セトはエジプト神話でも屈指の戦闘能力を持っている神でもあるのです。
セトの別名
【セウテフ】というのは古代エジプト語読みで、ステフとも呼ばれるそうです。
他の【暴風の神】【混沌の神】【砂漠の神】【軍神】【太陽の守護神】というのはセトの性格や職掌にちなんだものでしょう。
ファラオ(王)達に敬愛されたセト
前述のように、セトは悪神という性格を持っていましたが、戦いの時にはその性格こそ求められるものとなりました。古代エジプトは戦乱の多い時代でしてが、特に諸外国から侵攻されていた中王国時代(前2055-前1650)や新王国時代(前1550-前1069)には、セト神がエジプトを守護してくれる軍神として篤い信仰されたそうです。また、第19王朝から第20王朝にかけては自分の名前にセトと入れるファラオも多かったそうです。
悪逆ということは、それだけの力を持っていると言うことですから、命のやり取りをする戦争でセトが信仰されたというのも頷ける話ですね。
コントロール不可能暴風神セ卜
ゲブとヌトを両親としたセト達兄妹は【ヘリオポリス九柱神】の中の神として崇められました。このヘリオポリス九柱神とは、創世の神とされるアトゥム、その子どもシュー、テフヌト、ゲブとヌト、そしてオシリス、セト、イシス、ネフティスという、神々の直系を指します。
セトは暴風神であり、砂漠や暗黒、戦争などの破壊、混沌の神とされています。
太陽神アトゥムから続く神々の嫡流で、言うなれば高貴な出自なのですが、その誕生は異様で残酷なものだったという説があります。
母ヌトが出産するために知恵の神トトに助けてもらって閏日で出来たというエピソードは以前紹介しました。5日間の閏日にヌトは一人ずつ子どもを産んだのですが、閏日の二つ目に産まれたセトは、兄オシリスよりも先に外に出ようとして、何と母ヌトの脇腹を食い破って誕生したというのです。しかし、その行動も役に立たず、オシリスが長男として誕生しました。このエピソードの通りだとしたら、母ヌトはセトにどんな思いを抱いたのでしょう?恐ろしい我が子をかわいがることは出来たのでしょうか?この当たりのヌトの心情を考えると、ひょっとして次男を愛せなかったのではないか、その分長男を愛おしんだのではないか…なとど想像してしまいますし、母親の愛情欠如が息子の性格に影響を?とまで推理してしまうのです。
とにもかくにも、母親を傷つけた挙げ句、セトは閏日第2日に誕生しました。このため、セトの誕生日である閏日第2日は、古代エジプト人にとっては“忌むべき日”とされたと言います。当時の人々は、母親に大けがをさせた息子の誕生日を喜ぶことは出来ないと考えたのでしょう。
セトの容姿ですが、見るからに凶暴で忌まわしいと思われていました。
頭が動物なのですが、想像上のキマイラのように実在する動物のものではないということです。つまり、現実の動物よりずっと不吉で残虐な生き物とされていたのでしょう。壁画などには、ぴんと立った長い長方形の耳、長く伸びた鼻を持ち、先が分かれた尻尾も持っている姿で描かれています。そして髪や瞳は当時は不吉なものと思われていた赤でした。また、実在のものとしてブタやロバ、カバの姿で表されることもあったそうです。どれも、古代エジプト人にとっては害になるものとして嫌われていた生き物でした。
セトの二面性
彼の悪神としての顔がはっきりわかるのが“オシリス神話”です。
長兄オシリスは王としてエジプトを支配し、豊穣の神としても篤く慕われていました。オシリスの妻はセトにとっても妹であるイシスで、神々の嫡流同士が結ばれたことになります。
言うこと無しの無敵の兄に対してセトは激しく嫉妬していました。誕生時のエピソードのように、なんとかして自分が王になりたいと熱望していたようです。
オシリスの章で紹介したように、セトは石棺を作り、言葉巧みに兄をその中に閉じ込め、ナイル川に流してしまいました。イシスは半狂乱になってオシリスの棺を探し回り、何とか回収したのですが、既に死亡していました。その後のオシリスの遺体バラバラ遺棄、イシスの呪術による復活、ホルスとの対立については既に説明しましたね。
オシリスに関しては、因縁と言うべきか残虐な行動ばかり目立ちますが、セトは基本的には破壊的な力を司る神ですから、破壊行動は当然の行動とも言えるかも知れません。
太陽神ラーが航海するときには、敵である巨大な蛇アポピスを撃退するためには欠かせない戦力でもあります。つまり、それだけのパワーを持っている神ということです。
【ファラオの武器の主人】であるセトは軍隊の守護神でもありますし、戦争の時には太陽神ラー、アメンと比肩する力を持っているのです。
兄殺しの一面だけで判断すれば完全なる悪役ですが、それだけではない複雑な性格の神がセトであると言えましょう。
エンタメ世界のセト
少女マンガ 『イシス』山岸凉子
ここでのセトは、王位とネフティスを巡ってオシリスに憎しみを向け続ける野心家で残酷な男です。妻である妹ネフティスがオシリスとも関係していることを知り、一度は毒殺します。しかし母ヌト譲りの呪力を持っていたイシスがオシリスを生き返らせます。セトは再びオシリスをバラバラに斬り殺してしまうのでした。(ここでは眠り込んだオシリスを惨殺したことになっています。つまり生きたままです)
イシスは自分の命と若さを削ってオシリスの体だけを復活させ、強引にネフティスと交わらせます。その結果ネフティスは息子ホルスを産んだのでした。10数年後、成長したホルスは異国の王子としてセトの前に現れ、父オシリスの復讐を成し遂げたのでした。
イシス、ホルス母子の敵としての存在ですが、なかなかインパクトのあるキャラクターでした。夫でありながらイシスを軽んじ続けていたオシリスよりも、セトの方がある意味では人気があったようです。
ゲーム『FRAGILE~さよなら月の廃墟~』
2009年発売されたWii用のゲームです。廃墟に残された人の痕跡を望みにして、自分以外の人間を探してさすらうセト少年の物語です。
セト|暴風の神と太陽の守護神の二面性をもつ破壊神 まとめ
ヘブライ神話の聖書にはアダムとイヴの子であり、アベルとカインの弟としてセト(セツ)がいます。ノアの箱舟で有名なノアは彼の子孫です。人類とも関わりのある神様なんですね。
オシリスへの残虐な所行は確かに眉を顰められることですが、セトの能力や性格は残虐性だけではないからこそ、信仰されたのでしょう。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
マイベスト漫画は何と言っても山岸凉子の『日出処の天子』連載初回に心臓わしづかみにされました。
「なんでなんで聖徳太子が、1万円札が、こんな妖しい美少年に!?」などと興奮しつつ毎月雑誌を購入して読みふけりました。
(当時の万札は聖徳太子だったのですよ、念のため)
もともと歴史が好きだったので、興味は日本史からシルクロード、三国志、ヨーロッパ、世界史へと展開。 その流れでギリシャ神話にもドはまりして、本やら漫画を集めたり…それが今に役立ってるのかな?と思ってます。
現在、欠かさず読んでいるのが『龍帥の翼』。 司馬遼太郎の『項羽と劉邦』は有名ですが、劉邦の軍師となった張良が主役の漫画です。 頭が切れるのに、病弱で美形という少女漫画のようなキャラですが、史実ですからね。
マニアックな人間ですが、これからもよろしくお願いします。