エジプト神話において女神としてはトップに立つのが今回の主役イシスです。彼女は大地神ゲブと天空神ヌトの間に生まれた長女で、魔術師としての呪力を持っていたとされます。兄であり夫であるオシリスが殺されたとき、彼女はその力を振るって奇跡を起こしました。
一説では太陽神ラーの娘ともされ、彼女の呪力はラーから受け継いだものと言われています。
イシスとは?
原初の神ヌンから始まるヘリオポリス神話に登場する女神です。しかもヌン、アトゥムと続く神々の正当な血統を受けていますから、女神として尊崇される存在になることが約束されていたような女性でした。
古代エジプトだけではなく、古代ギリシャやローマにおいても偉大なる女神として信仰されていたそうです。良妻賢母の典型とされ、同時に豊穣の女神であり、死者や子どもの守護者でもあり、秘儀の女神とも呼ばれたそうです。何とも任務の多いスーパーウーマン的なイシスですが、彼女を信仰する人々はヨーロッパにも多く、イギリスにも彼女を崇拝したという痕跡が残っているそうです。
イシスの別名
イシスという呼び方はギリシャ語読みで古代エジプトでは【アセト】と呼ばれていたそうです。イシスと同じ意味と考えられています。
【葬送の女神】【豊穣の女神】【魔術の女王】【死者の守護者】【子どもの守護者】という呼び方はイシスの職掌にちなんだものでしょう。別章で紹介していきますね。
夫であるオシリスが穀物神で豊穣の神でしたから、妻であるイシスにも豊穣の女神という冠が付いたのかも知れません。
玉座
元々イシスという名前には“椅子”という意味があったそうです。そこからの連想でしょう、玉座=権力を神格化した女神とも言われていました。おいおい紹介しますが、オシリスの死後息子ホルスを助けて権力闘争を勝ち抜いたイシスにはふさわしいように思われます。
壁画などに表される時は、頭上に玉座を象ったヒエログリフを載せています。
ソプデト(ソティス)
シリウス星を神格化したもので、豊穣の女神でもありました。このことからイシスと同一神化されたものと推測されます。
夫オシリスの暗殺
イシスがエジプト神話の中で注目されるようになったのは、穀物神であり為政者でもあった夫オシリスが殺されたことがきっかけでした。
イシスとオシリス、そしてセトとネフティスの4人はゲブとヌトという同じ両親をもった兄妹でした。長男オシリスは長女イシスと、次男セトは次女ネフティスとそれぞれ結婚したのですが、兄であるだけで国のトップに立ったオシリスに対し、セトは嫉妬と憎しみをたぎらせていたのです。
陰謀を巡らせたセトは兄を棺に閉じ込めたまま、ナイル川に遺棄し、殺してしまったのです。
それを知ったイシスはオシリスの遺骸を求めてエジプト中を探し回りました。やっとのことで遺骸を集めたのですが、それを知ったセトは兄の遺体を奪い、あろうことか首も手足もバラバラに切り落としたのです。そして再びエジプト中にばら撒きました。
イシスはセトに負けませんでした。再度オシリスの遺体を集め、妹ネフティスとその子アヌビス(オシリスとネフティスの子)の力を借りてバラバラの遺体をつなぎあわせ、見事にオシリスを復活させました。ところがオシリスの体の一部(性器)はナイル川の魚が食べてしまっていました。そこでイシスは呪力を駆使してその部分を蘇らせて、夫と交わり、息子ホルスが産まれたと言います。
イシスの別名【葬送の女神】というのはこのエピソードから来たものと思われます。
魔術の女王イシス
イシスの力で現世に蘇ったオシリスでしたが、以前のような地上の王には戻ることなく、冥界へ下って冥界の王になりました。
オシリスが去って、母子家庭になったイシスでしたが、憎いセトとの対決のため、息子ホルスの教育に心血を注ぎます。その甲斐合ってセトとの権力闘争に勝ったホルスは王として即位し、エジプトでも名君と呼ばれることになりました。ホルスは全エジプトの為政者となり、その母であるイシスは王=ファラオの象徴的な母とされました。これが【子どもの守護者】と呼ばれる理由でしょう。
女手一つで立派な息子ホルスを育てたイシスは“良妻賢母”のイメージが強いようですが、実は狡猾な魔術師としての顔もありました。
それはやはりホルスに関わることです。セトの追っ手から大事な息子ホルスを守るために強大な呪力が必要だった母イシスは、父親とも言われる太陽神ラーの力をもらうことにしました。年老いた太陽神ラーがよだれを垂らしたので、それを使って毒蛇を作りだしたのです。そして、毒蛇にラーを噛ませました。(エジプトでは神も歳を取るんですね)
自分のよだれから生まれた毒が回って苦しんでいたラーに、イシスは「私なら治せます。でもその代わりに…」と交換条件を出します。それがラーの真の名を教えるということでした。始めは拒否していたラーですが、毒に耐えきれず、イシスに従います。ラーの真の名前を知ったイシスは強大な呪力を得ました。それだけではなく、息子ホルスへ太陽神の力を継がせることにも成功したのです。一石二鳥と言うべきか、イシスは賢い女神だったようですね。
やがて、彼女は秘儀を有する宇宙神として祀られるようになります。母親であり、秘儀を持つ女神というとギリシャ神話のデメテルと似ていますが、デメテルもイシスも信仰者が多く、古代ローマでも神殿が建てられるほどの尊崇を集めていました。
エンタメ世界のイシス
少女マンガ『イシス』山岸凉子
エジプトの王位を継いだオシリス。双子のセトとは顔を合わせるなり険悪な空気になりますが、異母妹ネフティスは愛らしく一目で夢中になるオシリス。実はセトも同じでした。そしてもう一人の妹イシスは、灼熱のエジプト生まれなのに太陽の恩恵を受けないアルビノで白い髪に赤い目の少女でした。
オシリスはイシスと、セトはネフティスと結婚することになっていたことに不満なオシリスはネフティスと不倫関係になります。それを知りながらイシスは耐えました。
やがてセトによるオシリス殺しが行われるとイシスは呪力で夫を復活させます。そしてなんとかして子どもを作ろうとオシリスが執心のネフティスを利用したのでした。そしてホルスが誕生し…
エジプト神話に沿った展開ではありますが、男女の愛憎、複雑な心理が絡み合う読み応えのあるストーリーです。
自分を嫌うオシリスを慕い、たった一言の礼に顔を赤らめるイシスが健気です。
この漫画についてはセトやネフティスの章でも取り上げてみますね。
パズドラ
長い黒髪と杖を持った美しいエジプト神モンスターです。
イシス|古代ギリシャやローマでも信仰された魔術の女王 まとめ
個人的に良妻賢母という単語は男性にとって便利な女性という空気を感じるのですが、イシスはどちらかというと“母”の面が強いのではないかと思います。復活させたオシリスとの間に子どもを作ったのは母になることを渇望していたからではないかと思いますし、冥界に下ったオシリスに付いていかなかったのも、妻より母としての自分を選んだからではないかと感じました。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
マイベスト漫画は何と言っても山岸凉子の『日出処の天子』連載初回に心臓わしづかみにされました。
「なんでなんで聖徳太子が、1万円札が、こんな妖しい美少年に!?」などと興奮しつつ毎月雑誌を購入して読みふけりました。
(当時の万札は聖徳太子だったのですよ、念のため)
もともと歴史が好きだったので、興味は日本史からシルクロード、三国志、ヨーロッパ、世界史へと展開。 その流れでギリシャ神話にもドはまりして、本やら漫画を集めたり…それが今に役立ってるのかな?と思ってます。
現在、欠かさず読んでいるのが『龍帥の翼』。 司馬遼太郎の『項羽と劉邦』は有名ですが、劉邦の軍師となった張良が主役の漫画です。 頭が切れるのに、病弱で美形という少女漫画のようなキャラですが、史実ですからね。
マニアックな人間ですが、これからもよろしくお願いします。