ギリシア神話に食べ物の名前の神がいる?

と思った方もいらっしゃるでしょう。

でも、この神は私たちが思うあんパンや食パンの《パン》ではありません。

【パニック】の由来にもなった、意外と私たちの日常生活に関わる神なのです。

 

パンの出生

パーン(少女とドラゴン)パンの父親はヘルメスともゼウスとも言われますが、筆者の感覚としてはヘルメスっぽいなと思います。

母親はニンフですが、生まれて我が子を見てびっくりして逃げ出したそうです。

と言うのも、子どもは上半身は頭に山羊の角を持つ男性、下半身は山羊だったのです。

ヘルメスはそれをおもしろがって、神々のおもちゃにしようとオリンポスへ連れて行きました。

珍しい姿の赤ん坊に神々は大喜び。

特に喜んだのは酒神ディオニュソスと言われていますが、ゼウスを始め全ての神が笑ったので【パン】は【すべて】という意味を持つことになったそうです。

また、ローマ神話のファウヌスと同一視されています。

 

山羊座

巨大の怪物テュポーンが神々の前に出現したとき、驚いたパンは下半身は魚、上半身は山羊という姿に変身しました。

その姿で逃げようとした様子が山羊座の元になったと言われています。

相手がテュポーンなら仕方がないのですが、臆病な神だったようですね。

 

パンの笛

パンパイプこのパンは笛が得意でした。

その音色には人間も神もうっとり聴き入ってしまうほどだったそうです。

この音楽に長けているところは、生まれたばかりで亀の甲羅を使い竪琴を作ってしまったヘルメスの血を引いているような気がしますね。

ニンフのシュリンクスはパンに求愛されましたが、拒みひたすら逃げました。

そして、捕まった瞬間に川辺の葦になってしまったのです。

男神を拒絶し、人ならぬものに変化する女性はダフネと共通するものがありますね。

パンは自分を拒絶したシュリンクスを忍び、彼女が変化した葦で笛を作りました。

モーツァルトその笛を【シュリンクス笛】と言い、モーツァルトの『魔笛』に登場する笛だと言われています。

山岸凉子に『シュリンクス・パーン』という短編がありますが、人嫌いの老人に男として育てられた少女が、老人の甥に見出され、少女として自覚しながら成長し、結ばれるという話です。

人間心理の闇を描くことが多い山岸凉子にしては、珍しくハッピーエンドな話だと思ったものです。

 

パニックの由来

パニック

突発的な出来事による不安や恐怖による混乱した心理状態や、錯乱行動をパニックと呼びます。

実はこの状況はパンにちなんだ言葉なのです。

当時のギリシアの人々は、家畜の群れが突然騒ぎ出したり、集団で逃げ出したりする現象について悩んだ末に、見えない何かが家畜の感情を揺り動かしていると考えました。

そして牧神パンと関係していると思い、家畜たちの行動を【パンに関係するもの=パニック】と名付けたのです。

また、パンがこんなことをする理由として《大好きな昼寝を邪魔されたから》と言われています。

彼は昼寝を邪魔されると激怒して、大声でわめくので、人々は恐々状態に陥ってしまうのだそうです。

 

『王様の耳はロバの耳』とパンの関係

王様の耳はロバの耳ヘルメスの予想通り神々はパンをおもしろがって眺めていました。

しかし、そんなパンにもすばらしい才能があったのです。

笛にかけては誰にも負けないという自信を持っていたのです。

そんなとき、これも音楽の才能に自信を持っているアポロンと競うことになったのです。

アポロンはパンの父親ヘルメスの作った竪琴、パンはシュリンクスの笛で競ったのです。

二人の演奏を聴いた人々は「どちらもすばらしい」「甲乙付けがたい」と採点に悩んだそうです。

しかし、結果としてアポロンの勝ちでした。

「やはり、ゼウスの息子には勝てないのか」と落ち込むパン。

彼はヘルメスの息子ですから、ゼウスの孫ですけどね。

ただ一人パンの勝利だと言ってくれたのが、プリュギアのミダス王でした。

ところが案外心の狭いアポロンは、全員一致でなかったことがおもしろくなかったのか、ミダス王の耳をロバの耳に変えてしまったのです。

何の得があるんだろうと思いますよね、別にアポロンの恋人を取ったり、神殿を汚したわけでもないのに。

ロバの耳にされてしまったミダス王は恥ずかしく思い、絶対ばれないように耳を隠していたのですが、さすがにお抱えの床屋には隠しきれませんでした。

この後の展開は、物語などでご存じかと思います。

それにしても、アポロンは気むずかしいですね。

若々しい肉体を持つ美青年のイメージが段々崩れていく気がします。

 

パン(ファウヌス)~半獣の道化が奏でる魔笛とパニックの由来~ まとめ

道化として神々達を楽しませてきたパン。

時にはひどすぎる揶揄を受けることもあったでしょう。

《顔で笑って心で泣いて》と言われますが、そんな思いをすることもあったのではないかと思うのです。

唯一の楽しみであるお昼寝を邪魔されて、激怒するぐらいはしょうがないのかなと思ってしまいます。