ヘラクレスの冒険(アガサ・クリスティー)アガサ・クリスティに『ヘラクレスの冒険』というタイトルの短編集があります。

名探偵ポアロと脳筋ヘラクレスとの共通点は、単に12件の事件を解決していくということだけですが、元ネタのギリシア神話を知っていると2倍楽しめる小説集ですよ。

ちなみにポアロのファーストネームである《エルキュール》の英語読みは《ハーキュリーズ》でヘラクレスのことです。

ヘラクレスについて詳しくはヘラクレス~数々の困難を乗り越えた英雄~を参照してください。

 

12の試練とは?

ヘラクレス獣神化(モンスト)ヘラクレスはなぜ12の困難な任務を果たさなければならなくなったのでしょう?

それは彼の出生にあります。

言うまでもなく父はオリンポス主神ゼウス、母は人妻アルクメネ。

二人の間に産まれる予定のヘラクレスをゼウスは非常に愛し、「ミュケナイ王にする(したい)」と予言。

しかし、例によってヘラの嫉妬により、ヘラクレスの手からミュケナイの王位は滑り落ちました。

私見ですが、ヘラクレスの性格(直情径行、激情家、大酒飲み、女好き)を考えると、権力を持たせない方がいいと思うのですが…

とりあえずヘラクレスに栄光を与えずにその時は気が済んだはずのヘラでしたが、彼が結婚してぬくぬくと幸せに暮らしているのが気にくわなくなったのでしょう。

ヘラクレスを狂気に陥れ、自分の妻子を手にかけるように仕向けたのです。

いくら踊らされたとは言え、自分の手で妻とかわいい子どもを殺してしまったヘラクレスは呆然とします。

罪を償うにはどうしたらいいのか、神託を授かりにデルポイへ行った彼は「ミュケナイ王の命令に従い、務めを果たせ」と告げられたのでした。

このミュケナイ王とはヘラクレスが座るはずだった(ゼウスがさせたかった)座です。

そこに座っているのはエウリュステウスという、ヘラクレスとは遠戚にあたる男なのですが、これも大した器ではありませんでした。

もともとヘラクレスが目障りだった彼は、死んでしまえと言わんばかりの普通の人間なら絶対果たせない仕事を命令することにしたのです。

それが【ヘラクレス10の試練】です。

最初は10だったのですが、事情があって2件増えました。

その理由も合わせて紹介しましょう。

 

1.ネメアのライオン退治

ヘラクレス(ネメアの獅子退治)ヘラクレスの章の《獅子座》になったライオンです。

→ 「ヘラクレス~数々の困難を乗り越えた英雄~」

ネメアの森に住む鋼のように固い肉体を持ち、どう猛なライオンは人家を襲って甚大な被害をもたらしていたので、何回も退治しようと試みられたのですが、何しろ弓矢もはじく体ですから、猟師達も脅え、挑戦する者はいませんでした。

ヘラクレスは得意の棍棒で殴りかかりましたが、ライオンは倒れません。

致命傷を与えられないと悟ったので、素手で組みついたのです。

腕にかみつかれながらも、太い腕でライオンの首を絞め、窒息死させたのです。

彼は死んだライオンの皮をはぎ取り、愛用の鎧に仕立てました。

ヘラクレスと渡り合ったライオンは奮戦を称えられて獅子座になったそうです。

 

2. レルネの水蛇ヒュドラ退治

ヘラクレスとヒュドラ(ウィーンのミヒャエル門)次の任務はレルネの沼に棲息する水蛇ヒュドラの退治でした。

このヒュドラは首を9本も持ち、1本切り落としてもそこから新しく2本生えてくるという厄介な怪物だったのです。

ヘラクレスが立ち向かったときには何本だったのかなと思ってしまいますが、デフォルトの9本だったらしいですね。

ヒュドラの毒にやられないよう口や鼻をおおったヘラクレスはその巣へ火矢を打ち込みました。

そして片っ端から首を切り落としたのです。

切ってもすぐ生えてくる首には一人では戦えませんから、ヘラクレスは甥のイオラオスに援助を求めます。

イオラオスはヘラクレスの双子の弟イピクレスの息子です。

彼は叔父が切り落とした首の切り口を焼き、再生を防ぎました。

イオラオスの援護でヘラクレスはヒュドラの首を全て切り落として息の根を止めたのです。

ここで終わらないのが戦闘にかけては鋭くヘラクレスの頭が回るところです。

ヒュドラ(モンスト)

ヒュドラの毒を自分の矢に塗り、いざというときの武器としました。

さて、めでたくヒュドラは倒したのですが、ミュケナイ王エウリュステウスは難癖を付けました。

「私はヘラクレスが一人で任務を果たすよう命令したのだ。しかし、ヒュドラ退治には甥の力を借りている。これは12のうちには数えない」と言ったので、12の試練に含まれないこともあります。

→ 「ヒュドラ~猛毒を持つ水蛇の怪物の頭はいくつなのか?~」

 

3. ケリュネイアの聖なる鹿の生け捕り

ヘラクレス(ケリュネイアの鹿)この鹿はアルテミスの聖獣で、黄金の角と青銅の蹄を持つ牝鹿でした。

アルテミス自身も捕まえることができないといういわくつきの鹿で、放し飼い状態だったようです。

アルテミスは「捕まえるには条件があります。絶対鹿を傷つけないこと」と命じました。

ヘラクレスは内心「めんどくさい。弓で足を止めれば楽なのに」なんて思ったかも知れませんが、異母姉アルテミスには逆らえません。

なんと1年以上も追いかけてやっと捕まえたそうです。

聖獣はアルテミスに献上しました。

→ 「アルテミス~残忍な狩猟の神とアルテミスの銀の弓矢~」

 

4.エリュマントスの暴れ猪の生け捕り

ヘラクレス(古の女神と宝石の射手)エリュマントスという山に住む大きな暴れ猪(アルテミスが地上に送ったとも言われています)の退治ですが、ヘラクレスは猪を雪原に追い込むと、あっさりと生け捕りにしてしまいました。

こういう肉弾戦にはめっぽう強いのがヘラクレスです。

スマホゲームの「古の女神と宝石の射手」に登場する勇者ヘラクレスはこのエリュマントスの暴れ猪を生け捕りする姿で描かれています。

最近のスマホゲームらしく、ヘラクレスは可愛らしい女の子で表現されていますが、勇者というよりも「おてんば娘」といった感じでしょうか。

 

5.アウゲイアスの家畜小屋の掃除

太陽神ヘリオスの子であるアウゲイアスには足の白い黒牛300頭、赤いまだら模様の牛200頭、ヘリオスの聖獣銀白色の牛12頭を飼育している巨大な家畜小屋がありました。

数も多いためでしょうが、この家畜小屋はなんと30年間一度も掃除をせずに汚れ放題だったのです。

想像するだけでげんなりしてしまいますね。

エウリュステウスは「家畜小屋を1日で掃除しろ」と命令したのです。

ヘラクレスもげげげっと思ったでしょうが、そこは脳天気な性格故か、アウゲイアスに交換条件を持ちかけたのです。

「私がこの汚い小屋を1日で掃除したら、この家畜の十分の一をくれ」と言いだし、できっこないと考えたアウゲイアスは「OK」とヘラクレスの申出を受け入れたのです。

ヘラクレスはどうしたと思います?

家畜小屋

小屋の土台に穴を開けると近くの川の流れを引き入れ、一気に洗い流してしまったのです。

ヘラクレスにしては珍しく頭が働いたエピソードですが、「家畜欲しさに頑張ったんだろう」と分析している小説家さんもいるようです。

さて、アウゲイアスですが、30年間の汚れ(糞まみれだったはず)を綺麗にしてもらったのは良かったが、家畜を分けるのがもったいないと思ったのか、エウリュステウスの命令だったと知り、それを理由に拒否したのです。

もともとそんな約束は無かったとも言い出す始末。

ヘラクレスは怒りに震えながらエウリュステウスの元に戻り、報告したのです。

ところが、エウリュステウスは「おまえの任務は罪滅ぼしのためのはず、見返りを要求するとは何事だ」と達成とは認めませんでした。

苦労したのに、報賞ももらえず、成果も無視される…踏んだり蹴ったりのヘラクレスですが、やはり欲ばってはダメですね。

 

6.ステュムパリデスの怪鳥の退治

ステュムパリデスの怪鳥ステュンパロスという町がありました。

その近くの森に翼、ツメ、くちばしが青銅でできた怪鳥ステュムパリデスが棲んでおり、人々に多くの被害を与えていました。

この鳥はアレスが育てたとも言われています。

この怪鳥の退治を命令されたヘラクレスは「青銅には青銅」と考えたのか、青銅の大きなガラガラを作ると、それを鳴らしたのです。

あまりの騒音に驚いた怪鳥が飛びたったところをヒュドラの毒を塗った矢で射殺したそうです。

→ 「アレス(マーズ)~黄金の額帯をつけた神馬がひく戦車に乗る軍神~」

 

7.クレタの牡牛の生け捕り

クレタの牡牛『イカロス』の章で紹介したクレタの怪物ミノタウロスに関係がある牝牛です。

クレタ王になりたいミノスは海神ポセイドンに祈り「王になったら見事な牛を捧げます」と約束したのです。

その祈りは聞き届けられ、ミノスは王位に就きました。

そしてポセイドンは見事な牛を送ったのです。

何か変ですが、気にしないでください。

ところが、欲が出たミノスはこの牛を捧げるのが惜しくなり、ランク下の別の牛をポセイドンに捧げたのです。

怒ったポセイドンがミノスの妻パーシパエーに術をかけ、牡牛に恋い焦がれるように仕向けたのです。

その結果、パーシパエーは牡牛との間に怪物ミノタウロスを産んだのでした。

ヘラクレスが捕まえなければならないのは、パーシパエーが恋した牡牛です。

見事に美しい牛ですが、気性が荒く、普通の人間は捕まえられないほど猛々しかったのです。

ミノスの助力を受けられなかったヘラクレスは素手で格闘し、押さえ込みました。

やはり、ヘラクレスは格闘となったら無敵ですね。

→ 「ポセイドン~トライデントを操る海王神とカシオペア座の誕生~」

 

8.トラキア王ディオメデスの人食い馬の生け捕り

ディオメデスの人食い馬ディオメデスは軍神アレスの子で、ヘラクレスにとっては甥にあたります。

ところが、父親似の乱暴な性格のディオメデスは、旅人を捕らえては愛馬のエサにしていたのです。

ヘラクレスは非道なことをやっている馬を簡単に捕まえ、その飼い主であるディオメデスを馬に食わせたと言います。

息子を殺されたアレスは怒り狂ったでしょう。

 

9.女戦士アマゾネスの女王ヒッポリュテの帯を奪う

アマゾン女王の腰帯出発前ヘラクレスは「女たちとの戦いになるだろう」と考え、仲間を募って敵地に乗り込みました。

エウリュステウスの命令はヘラクレスが一人で果たすこと-のはずですが、忘れてますね、きっと。

さてヘラクレスと会ったヒッポリュテは快く帯を渡してくれます。

ただし条件がありました。

「あなたのようなたくましい男性の子どもが欲しいのです」と一夜の契りを望んだのです。

ヘラクレスには否はありません。

アマゾネスの女王は美女ですから。

ところがまたまたヘラが邪魔をしたのです。

ヒッポリュテの侍女に化け「あの男が女王様を連れて行こうとしている」と騒いだのです。

女たちは女王の危機とヘラクレスの仲間に襲いかかりました。

それを知って怒ったヘラクレスはヒッポリュテの弁明など聞く耳持たず、彼女を殺し、帯を持ち帰りました。

後にヒッポリュテの真意を知り、ひどく後悔したそうですが、ヘラクレスの単純バカな性格が取り返しの付かない禍をまた引き起こしたとしか言いようがありません。

 

10.3つの頭と3つの胴を持つ怪物ゲリュオンの牛を奪う

ゲリュオンの牛ゲリュオンは海の彼方で牛を飼っていました。

このゲリュオンとは3つの頭と3つの体をもつ怪物だったとされています。

ヘラクレスはこの牛の群れを奪ってくるように命じられ、苦難の末に牧場にたどり着いたのです。

牛を守っていた牧犬オルトロスには頭が二つありましたが、棍棒で叩き殺したのです。

また牛飼いもあっさりと片付けました。

ヘラクレス襲来を知った怪物ゲリュオンは戦いを挑みましたが、敵うはずはありません。

ヘラクレスは悠々と牛を連れ帰ったそうです。

『神撃のバハムート』ではゲリュオンが登場しています。

神話の通り3つの頭はありますが、3つの体を描くのは難しいようで、腕を6本描くことで3つの体を表現しています。

 

11.ヘスペリデスの黄金のリンゴを奪う

ヘスペリデスの園《黄昏の娘達》という意味の美しいニンフのヘスペリデスは西の果てに住んでいました。

そこには果樹園があり、ヘラの持ち物である黄金のリンゴを育てていました。

ヘラクレスはこのリンゴを持ち帰ることを命じられたのですが、言わばヘラにとってヘラクレスは目の上のたんこぶみたいな存在です。

憎まれていることを痛感しているヘラのリンゴを盗めとは、とんでもない命令で、きっと胃がキリキリ痛むような思いだったのではないかと想像します。

ヘラの指示に従うヘスペリデスからリンゴを盗むのは至難の業です。

ここでヘラクレスは彼女たちの父であるアトラスに頼んだのです。

娘達も父親の言葉なら従うはずですから。

ヘラクレスはアトラスから担いでいる肩代わりします。

その間にアトラスは娘達からリンゴを取ってきてくれたのでした。

ヘラクレスが持ち帰った黄金のリンゴをエウリュステウスは喜んで手に取ろうとします。

ところがそこに女神アテナが姿を現し、エウリュステウスを叱りつけたのです。

「これは神のもの、人間が手にして良いものではない」とにらまれたミュケナイ王は震え上がり、リンゴを返しました。

アテナはそのリンゴをもとの樹に戻したそうです。

→ 「アテナ~アイギス(イージス)をもつ美と知性を兼ね備えた軍神~」

 

12.冥界の番犬ケルベロスを生け捕る

ヘラクレスとケルベロス(ミヒャエル門)さて最後の試練です。

なんと冥界へ行って《地獄の番犬》ケルベロスを捕まえてくることという命令をエウリュステウスが下したのです。

どんな試練も果たして還ってくるヘラクレスに際に堪忍袋の緒が切れたというわけでしょうか、冥界に行くと言うことは《死》を意味するのですから、到底達成できない命令のはずでした。

さすがにヘラクレスも悩みました。

死ぬことはできない、しかし、死ななければ冥界には行けない、はてどうしたらいいのか…

そこへゼウスの指示を受けたアテナがやってきたのです。

彼女のアドバイスに助けられ、ヘラクレスは冥界へ行くと冥王神ハデスに「どうか、ケルベロスを地上に連れていくことを許して欲しい」と懇願したのです。

ヘラクレスの願いに驚いたハデスですが、「素手で連れて行けるなら許可する」と言ってみました。

なにせ、3つの頭を持ち、体中蛇だらけの化物です。

いくら筋肉モリモリの大男とは言え、素手では無理だろうと高をくくっていたのでしょう。

ところが、力勝負ならヘラクレスは負けません。

ケルベロスの首を締め付け、降参させてしまったのです。

約束を果たしてエウリュステウスの前にケルベロスを連れてきたヘラクレス。

ところが初めて見た地上の空気に暴れる怪犬の姿にエウリュステウスはすっかり脅え「もう、いい。この怪物を連れ帰ってくれ」と泣き叫んだそうです。

自分が飼う必要もないヘラクレスはケルベロスをハデスの元に帰しました。

→ 「ケルベロス~冥界の番犬にパンを与えると逃げられるのか!?~」

→ 「ハデス~体が透明になるハデスの兜を持つ冥界の王~」

 

ヘラクレス12の功業 まとめ

かくしてヘラクレスの試練は全て達成しました。

エウリュステウスは不満だったでしょう。

それがヘラクレスの死後、彼の子孫達への迫害につながるのです。

しかし、返り討ちに遭うことはヘラクレスの章で紹介しました。

→ 「ヘラクレス~数々の困難を乗り越えた英雄~」

できるはずのない、困難な命令ばかりではありましたが、ヘラクレスがやり遂げることができたのは《ゼウスの子》だったからだけではないと思うのです。

知性の少ない英雄ですが、神の助けが得られたと言うことは、人望や、助けてあげたいと思わせるかわいげがあったのではないかと思います。