大母神ガイアが夫であるウラヌスを排除しようとしたとき、手を貸したのは末っ子のクロノスでした。

母の願いを叶えた良い息子は、同時に世界で初めての父殺しの汚名を背負う息子になったのです。

 

全能神の父

クロノスはティターン族と言われるガイアとウラヌスの間に産まれた息子でした。

原初の神の一人ですが、彼自身の功績は前述した【父殺し】だけと言っても過言ではありません。

またギリシア神話最大のエポックメーキングとも言える神々の戦い《ティタノマキア》を引き起こす原因を作ったのは彼でした。

結果として彼を中心にしたティターン族は敗北し、敵であった息子ゼウスが神々の頂点に立つことになります。

クロノスは息子に負けたのです。

この二点を考え合わせると、どうもクロノスには暗い影のようなものがつきまとう感じを受けます。

 

土星(サターン)

クロノスは土星を司ると言われ、哲学や思想の守護者とも考えられていました。

土星は太陽系の惑星で、クロノスのラテン語であるサトゥルヌスにちなんで名付けられた星です。

土星はサターンとも呼ばれ、アニメや漫画にも登場します。

筆者が連想したのは『美少女戦士セーラームーン』のセーラーサターンこと土萌ほたるちゃんです。

土星の名をもつ少女だけあって、憂いを秘めたミステリアスな美少女だった記憶があります。

土星には神秘的な謎めいたイメージがふさわしいのかも知れませんね。

木星に次ぐ5番目の惑星なので、惑星記号は数字の5を図案化したとか、【アダマスの鎌】をモチーフにしたとも言われています。

 

アダマスの大鎌

この世で一番硬いとされる金属《アダマス》で作られた鎌で、万物をも切り裂くほどの威力がある刃だと言われます。

ガイアがウラヌスを倒すために作り、クロノスに託した武器です。

何となく、死神が持つ鎌を連想しませんか?

 

母に従い、父を倒した息子

クロノスの父は天空の神ウラヌス、母は大地母神ガイアです。

言わば、ギリシア神話ではサラブレッドだったはずのクロノス。

彼が【父殺し】と呼ばれるようになった理由-それは父ウラヌスの異常な猜疑心でした。

天空(宇宙)の神ウラヌスは、自分の子どもによって自らの権力が脅かされるのではないか、と不安を抱き始めたのです。

ガイアが産んだ子どもには、知性を持たない本能のみの怪物のようなものも多かったのですが、クロノスを始め、オケアノス、テミスなどの神々も12人いました。

その12人の子どもの誰かに倒されることを気に病んだクロノスは「芽は早い内に摘むに限る」とばかり、次々に子どもを飲み込んでしまいました。

自分の子どもを飲み込まれたガイアは怒り、悲しみ、末っ子のクロノスに父へ復讐するように命令したと言われます。

ガイアはアダマスの大鎌をクロノスに渡し、自分がウラヌスと交わる時油断している父の男根を切り取れと指示したのです。

母の指示に従ったクロノスは父を襲い、大鎌で切り取った男根を海に投げ捨てました。

これが美と愛の女神アフロディーテ誕生のきっかけになったことはウラヌスの章で紹介しました。

クロノスは哲学と思想の守護神とされ、ウラヌスを倒した後のティターン神族の王として君臨していた偉大な神でした。

しかし、その偉大な功績も、自らの猜疑心により水泡に帰してしまったのです。

皮肉なことに、その結末はウラヌスと酷似しています。

《因果は巡る》とでも言うべきでしょうか。

 

父の不吉な予言

息子に倒されたウラノスは不吉な予言を残しました。

予言と言うよりは、呪いと表現した方が似合いの言葉でした。

「いずれはおまえも、俺と同じように自分の子どもに権力を奪われる」

という言葉でした。

始めのうちは気にも留めなかったクロノスですが、姉妹の女神レアを娶り、子どもが産まれるようになると、父親の言葉の毒がじわじわと心に染みこんでくるようになったようです。

その不安の裏返しなのか、ティターン神族のリーダーとなったクロノスは、父に同じように横暴になっていきます。

ウラヌスのように我が子に権力を奪われてなるものかと、クロノスはレアが産んだ子どもを次々と飲みこんでいったのです。

まさにウラヌスと同じ所行が繰り返されたのでした。

絵画でも『我が子を食すクロノス(サトゥルヌス)』というテーマは、画家のインスピレーションをかき立てる題材だったらしく、ゴヤ、ルーベンスという名画家たちがその情景を生々しく描写しています。

クロノスの横暴に耐えかねて、6人目の子を妊娠中だった妻レアはガイアに訴えました。

ガイアはレアが身ごもっている6番目の子が自分たちのリーダーとなる子どもだとわかっていたので、何とかこの子を救おうと知恵を貸します。

レアは布に包んだ石を子どもと嘘をついてクロノスに渡し、隠れて出産しました。

これがゼウスです。

クロノスの目に触れず無事に成長したゼウスは父が飲み込んだ兄姉を救い出し、父を倒すべく、戦いを挑みます。

これが親子、兄弟が相争う大戦争《ティタノマキア》でした。

長い戦いの後、クロノスたちティターン族はゼウス達オリンポス側に敗北します。

その結果、クロノスはウラヌスの予言通り神々の王の座から引きずり下ろされ、奈落=タルタロスに封じこめられてしまいました。

 

クロノス~アダマスの大鎌を振るう天界のサラブレッド~ まとめ

ギリシア神話には【息子による父殺し】が数多く登場します。

その最初はクロノスによるウラヌス殺しでしょう。

母に従い父を殺したクロノスはいずれ自分も殺されるかも知れないと怯え、自分の子どもを次々と飲み込み、日の当たらぬ場所に閉じ込めました。

しかし、クロノスは子ども達を殺しませんでした。

殺していたら、簡単に禍根を断つことができたでしょう。

このことが、小心者クロノスのほんのちょっぴりの人間らしさを証明しているのではないかと思うのです。