ギリシャ神話において人間が関わった最大の事件トロイア戦争。

そのギリシャ軍の総大将でありミュケナイ王アガメムノンは、勇猛果敢な指導者でありましたが、その反面強欲で身勝手、女好きと言った欠点を持っていました。

そんな一昔前の【男らしさ】の権化でもあったアガメムノンの命を奪ったのは【女の業】でした。

 

アガメムノンのマスク

アガメムノンの黄金のマスクトロイ遺跡を発見したシュリーマンはミュケナイの遺跡も発掘しました。

そこで見つかったのが【アガメムノンのマスク】と言われる黄金製の仮面です。

それは後にアガメムノンの時代以前のものと判明しましたが、今に輝きを残す豪華の仮面はアガメムノンという男の傲慢さを象徴しているかのようにも思えます。

 

アガメムノンの出生

アガメムノン(ソウルリバースゼロ)アガメムノンはミュケナイの王で弟はメラネオス。

従兄弟を殺して奪ったクリュタイムネストラとの間にイフゲニアなどの子どもがいます。

実は彼がミュケナイの王になったのには複雑な前史があります。

アガメムノンの父アトレウスは【血塗られたアトレウス】と言われていました。

なぜ血塗られたという形容詞が付くのかと言うと、アトレウスと弟のテュエステースが血で血を洗う争いをしたからです。

王位を巡る争いのとき、テュエステースはアトレウスの妻と内通し、王位を簒奪しようとしました。

しかし、神の裁定でアトレウスが王になりました。

ところが妻を寝取られたアトレウスの怒りは収まらず、巧みに弟一家を招待し、弟の子どもたち(自分の甥)を殺したのです。

それだけではなく、アトレウスは甥達の肉を料理し、テュエステースに供したのです。

何も知らずに食べてしまったテュエステースは兄から真実を知り、怒りと絶望のままにミュケナイから立ち去ったのでした。

そのアトレウスの長男がアガメムノンです。

曰く付きの一族に生まれた男が初めて欲しいと思ったのが、テュエステースの息子タンタロスの妻クリュタイムネストラでした。

そして自分の命を奪ったのはタンタロスの弟アイギストス。

因果応報とでも言いましょうか、まるで横溝正史世界のようなおどろおどろしい人間関係が展開していくのです。

 

トロイア戦争

名目は妻ヘレネに逃げられた弟の復仇、本音はトロイアの収奪で始まったトロイア戦争。

アガメムノンはミュケナイ王という立場もあり、当然のように総大将となりました。

その彼の第一の失敗は、アルテミス神を怒らせてしまったことです。

大船団がアウリスの海岸に集結したものの、風は吹きません。

何が原因か神託を伺ったら「アガメムノンがアルテミス様の怒りに触れた」というのです。

そしてその怒りを静めるためには「アガメムノンの長女イフゲニアを生け贄として捧げよ」と言われたのです。

悩んだ末に妻と娘を騙した呼び寄せたアガメムノンは躊躇なくイフゲニアの首を斬り、船団と共に出航していったのです。

背後に愛娘を殺された涙を流しながらも、憎悪をたぎらせる妻がいることを知ろうともせずに。

そしてアガメムノンの失敗はまだありました。

アガメムノン

戦いで捕虜にした美しい娘クリュセイスが気に入ったアガメムノンは愛人として寵愛していました。

ところが神官であるその父親は「金を払うから何とか娘を返してくれ」と何度も懇願したのです。

クリュセイスに溺れていたアガメムノンは父親を罵倒し追い返しました。

父親はアポロン神に祈りました。

トロイア側に味方していたアポロンはアガメムノンの行いを怒り、ギリシア軍を苦しめたので、アガメムノンは仕方なくクリュセイスを返さざるを得なくなったのです。

話はそれで終わりませんでした。

総大将の面目丸つぶれと思ったのか、関係のないアキレウスの愛人ブリセイスを自分の元に連れてきてしまったのです。

ブリセイスもクリュセイスと同様戦場で捕虜になり、アキレウスの愛人にされていた娘でした。

アガメムノンの勝手な所業にアキレウスが怒りました。

そしてストライキを起こし、戦いに参加しなかったのです。

アキレウスの代わりに参加した親友パトロクロスがヘクトルに討たれたため、アキレウスが激高しヘクトルを倒した-ということは紹介しましたね。

とにもかくにも、大勢の兵士の命を預かっているとは思えない気ままなアガメムノンの言動です。

この批判はギリシア軍ではなく、故国ミュケナイへと届いたことでしょう。

夫に代わり国を守るクリュタイムネストラはこれを聞いてどう思ったでしょう。

おそらく、軽蔑しか感じなかったのではないかと想像します。

 

もうひとつの戦利品

カッサンドラ英雄アキレウスを失いながらも10年の戦いの末、ギリシア軍はトロイア軍を降伏させました。

アガメムノンは望み通り、トロイアの財宝を手に入れたのです。

そして女好きな彼が手に入れた戦利品はもう一つありました。

トロイア王家の姫カッサンドラです。

アポロンの愛を拒んだ予知能力のある姫ですが、アガメムノンの前に引き出されたときは、落城のどさくさにまぎれ、アテナ神殿でギリシア軍兵士に陵辱された後でした。

傷ついた敵方の姫を愛妾として連れ帰る-残虐なアガメムノンの性格がよくわかるエピソードではないかと思います。

トロイア王家出身で捕虜となった女たちは他にもいましたが、アガメムノンはあえて「気が触れている」と評判のカッサンドラを選びました。

心の中では、長い間つれそったクリュタイムネストラより、若いカッサンドラを妻にして子どもを産ませよう…と考えたのではないかと推測しています。

身勝手で女好きな男にはよくある発想ですから。

だとしたら、クリュタイムネストラは命の危険を感じていたと思われます。

カッサンドラが愛妾としてミュケナイに来るということは既に知っていたはずですし、自分の不義もひょっとしたら知っているかも知れない、だとしたら、「やられる前にやる」一層慎重に策を練ったのではないかと思われます。

 

アガメムノン暗殺

アガメムノンとクリュタイムネストラ帰国したアガメムノンにクリュタイムネストラは入浴を勧めます。

「まずは戦場での塵を落としてから晩餐会に…」とでも言ったのでしょうか。

妻の真意を知らないアガメムノンは勧められるままに湯船に浸かります。

歴戦の勇士も油断していたのでしょう。

アイギストスが飛びこむと、有無を言わさずアガメムノンを斬ったのです。

クリュタイムネストラとの関係、兄タンタロスの仇、父の代からの憎しみなどアイギストスにも多くの思いがあったことでしょう。

(まさか、自分が…)

豊かなミュケナイを治める権力者、大国トロイアを滅ばした大軍の総大将、欲しいモノは全て手に入れてきた自分がなぜここで死ぬ羽目になるのか…

アガメムノンには理由がわからなかったのではないでしょうか。

アガメムノンの死を知ったクリュタイムネストラは臣下達の前で堂々と宣言します。

「あの男は自分の娘すら犠牲にした非道の男」

「あの男から噴き出した血に触れたとき、私の心は喜びで一杯になった…」

すがすがしいほどの開き直りですね。

夫を殺した言い訳ではなく、正当な理由があると毅然として顔をあげるクリュタイムネストラを想像してしまいます。

父親の死でますます母を憎むようになった娘エレクトラが弟をそそのかしてアイギストスを殺し、クリュタイムネストラをも殺させたことは別章で紹介しました。

ギリシア神話はもともと大母神ガイアから始まりました。

ガイアはウラヌスをはじめ、ポントスなど様々な男(怪物)と交わり子を産みました。

それを考えるとクリュタイムネストラは不本意な形で最初の夫タンタロスを次の夫アガメムノンに代え、アガメムノンから3番目の夫アイギストスに代えた-とも言えると思います。

ただし、当時は既に男尊女卑の傾向が強くなっていたので、クリュタイムネストラのやったことは【夫殺しの大罪】とされたのでした。

 

兄弟の比較

ここでちょっと視点を変えて、アガメムノンとメラネオス兄弟について考えてみたいと思います。

まずアガメムノンは、ローマ時代には『王の中の王』と呼ばれていたそうです。

ローマ(ギリシア文明圏)がアジア(トロイアを含む)と戦っていたため、ギリシア側の皇帝のようにみなされていたらしいのです。

性格は何回も紹介したように、剛毅ですが、身勝手、傲慢、非情で、つきあいにくい男です。

犠牲にした長女イフゲニアについても、自分の子ではないと思っていたという説があり、だからこそ平然と殺したのだと言われているのです。

弟メラネオスはスパルタ王女ヘレネに婿入りし、スパルタ王となりました。

しかし、アガメムノンとは異なり、この結婚はまずヘレネの意志が優先されたのです。

数多くの求婚者の中から選ばれた自分…

メラネオスは舞い上がったでしょう。

そして【妻に選ばれた夫】という枠組みがこれからの彼の行動を決めることになったのです。

欲しい女を強引に奪って妻にした兄と、恋する女に選ばれた弟。

主導権を握る兄と主導権を失った弟。この差はそれぞれの結婚生活に影響します。

アガメムノンは結果的に妻に殺され、ミュケナイは血で血を洗う争いで弱体化しました。

メラネオスは駆け落ちしたヘレネを許し、その後は何事もなく過ごしたと言われています。

娘ヘルミオネーの結婚や婿の死、再婚について両親の影は何も落ちていません。

【妻の尻に敷かれる情けない夫】の典型のようなメラネオスですが、夫としてなら兄よりもずっと扱いやすく、妻としても幸せだったのではないかと思われます。

 

アガメムノン~王の中の王と呼ばれるほどの男が妻に暗殺される~ まとめ

ヘラクレスの大酒飲みと激情、アキレウスの単純さなどギリシア神話の英雄達には何かしら欠点がありますが、それでも「意外とかわいいところあるじゃん」と感じることがあります。

しかし、このアガメムノンについては筆者は何一つ同情の余地がありません。

かわいげはこれっぽっちもない男ですからね。

アイスキュロスの悲劇『アガメムノン』は何回も舞台化されているそうですが、アガメムノン暗殺は現在なら2時間サスペンスドラマになりそうな題材だと思います。

そしてそのドラマを見た女性視聴者の同情はクリュタイムネストラへのものが多いのではないかと思います。